コロナ禍で苦しむ人に返済義務のない200ドルを提供

 徹底して顧客のペイン(痛み)を取り除くことに注力してきたチャイムは、コロナ禍で驚くべき行動に出た。口座の残高を超えて利用できるスポットミーの上限を従来の100ドルから200ドルに引き上げたのだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、主にサービス業に従事する人たちの職が奪われた。飲食店は休業状態に陥り、ビルの清掃もストップした。明日の生活費にも困る人たちが街中にあふれる中、チャイムは返済義務が必ずしも課されないスポットミーの金額を倍増させ、しかも「返済が無くても与信情報機関にはリポートしない」と宣言した。

 まさに「雨の日に傘を差し出した」わけだ。これによってユーザーが殺到し、口座数は1200万を超えた。通常の金融機関からすれば「常識外」の行動といえるが、彼らは顧客に寄り添う姿勢を鮮明にすることで顧客の支持を得て、確固たる地位を築き上げたわけだ。

 チャイムの収益源は、VISAカードが使われた際に加盟店がVISAに支払う「インターチェンジフィー」の一部のみ。既存の金融機関が様々な取引で手数料を得ようとする中、チャイムはあまたあるキャッシュポイント(収益を得る機会)の中から絞り込んで、メインカードとして顧客に選ばれる道を選んだ。

「金融の常識」の呪縛から逃れた

 チャイムは20年9月、シリーズF投資ラウンドとして4.85億ドル(約500億円)を調達した。この際のバリュエーション(企業評価額)は145億ドル(約1.5兆円)に達している。フィンテック業界では投資領域で気を吐く米ロビンフッドを上回る評価を得ているチャイムだが、面白いエピソードを残している。

 それは、彼らの実力をシリコンバレーのそうそうたるベンチャーキャピタル(VC)が見抜けなかったという事実だ。設立当初のチャイムは鳴かず飛ばずで、2016年にはブリッジラウンドを実施して資金不足を補った。VCがミーティングすら設けてくれない苦境に陥ったそうだ。

 米セコイア・キャピタルや米アンドリーセン・ホロウィッツといった著名VCが資金を入れているロビンフッドと異なり、チャイムの株主にはあまり耳にしたことのないVCしか見つからない。百戦錬磨のVCが見抜けなかった何かをチャイムが持っていたことになる。

 フィンテック業界は金融や技術の深い知識が求められるため、大手投資銀行出身者や米大手IT企業出身者が活躍しがちだ。そして、VCもまたこうした創業者の経歴を重視する傾向が強い。だが、チャイムの創業者であるChris Britt(クリス・ブリット)氏とRyan King(ライアン・キング)氏の2人は、際立って輝かしい経歴を持っていたわけではなかった。

 だからこそ、手数料や金利で稼ぐという金融の常識ともいえる呪縛から逃れられたともいえる。従来の金融サービス体験がいかに人々を苦しめてきたか、いかに従来の金融機関が不透明でえげつない稼ぎ方をしてきたか。「顧客視点」という言葉を数多くの金融機関が唱えるものの、多くの場合、供給者側の論理から抜け出せていない。それは「金融の常識」という名の無意識な談合がいまだ幅を利かせていると言い換えることもできるだろう。

 チャイムが示したのは「顧客から愛されることが最も顧客獲得コストを下げる」という当たり前の事実。一人のベンチャーキャピタリストとして、顧客に寄り添うことの価値を再認識させられた企業だ。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「久保田雅也の「ベンチャーキャピタリストの眼」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。