世界が新型コロナウイルスに翻弄されている。ワクチンの開発・製造も進められているものの、変異種も次々と発見されている。2021年1月7日には2回目となる緊急事態宣言も発出された。当分の間、コロナ禍から逃れることはできないと覚悟を決めたほうがよさそうだ。
コロナ禍における変化を一時的なトレンドとして見ることもできるが、投資家が見るのはその先の世界。新型コロナが落ち着くのを待っている間にも、テクノロジーはかまわず進化を続ける。仮にコロナ禍が収束を見せたとしても、一度起きた変化を基にテクノロジーの活用が進む。コロナ禍で起きた変化を不可逆的な流れとして捉え、企業は来るべき未来に向けて投資をしていかなければならない。
コロナ禍で大きな変動が予想される最たるものが不動産価値だ。日本は20年4月に1回目の緊急事態宣言が発出されて以降、企業の間ではリモートワークが一気に広がった。「Zoom(ズーム)」や「Teams(チームズ)」といったリモート会議ツールの活用が広がり、働き方の多様化は確実に進んだ。新常態(ニューノーマル)では、もはや毎日の通勤が必須ではなくなる可能性が高い。電車通勤が一般的な都市部を中心に、駅前の価値は間違いなく下がる。
では、ニューノーマルで都市のランドスケープ(景観)はどう変化するだろうか。この問いに対する一つの解を提示している米スタートアップ企業がある。フロリダ州マイアミに本社を置くREEF Technology(リーフ・テクノロジー)だ。
もともと、同社は2013年に創業したParkJockey(パーク・ジョッキー)が前身で、19年に現在の社名に変更した。当初から手がけているのは駐車場向けの高度管理サービスだ。車種や自動車のナンバー、クレジットカードなどの決済手段を事前登録しておくことで、ゲートに設置されたカメラが入庫・出庫時間を自動的に記録し、都度、精算することなくキャッシュレスでスムーズに出入りできるというものだ。そのほか、駐車場スペースの予約管理サービスなども提供している。
同社は20年11月、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビの政府系ファンド、ムバダラ・インベストメントの投資部門であるムバダラ・キャピタルがリードインベスターとなる7億ドル(約720億円)の資金調達を実施した。ソフトバンク・ビジョン・ファンドも名を連ねるなど多方面から注目を集めている企業だ。
なぜ駐車場管理サービスを手がけているリーフにこれだけの注目が集まっているのか。それは同社が駐車場の価値を再定義したからにほかならない。
駐車場の価値は空間にあらず
リーフは現在、駐車場管理サービスだけでなく、スペースを有効活用した事業拡大を進めている。駐車場の一区画に大型トレーラーを駐車し、中華料理からイタリアンまで4~6店舗を収容できるようにしている。これは、いわばデリバリーを専門としたキッチン設備のみで展開する「ゴーストキッチン」と同じ。コロナ禍で急速に市場を拡大している業態だ。
ゴーストキッチンと異なるのは駐車場がそのまま配送拠点になるという点だ。通常、ゴーストキッチンを運営する場合、配送用のバイクや軽トラックを止めておくスペースに悩むケースが多いが、リーフの場合は駐車場をベースとしているためこうした問題を抱えない。
デリバリーだけでなくテークアウトにも対応できる。駐車場は商品をピックアップする際に都合がいいためだ。リーフは先述の通り、駐車場管理ソリューションを手がけているため、事前に登録した情報とひもづけることで、煩わしい手間もなくスムーズにテークアウトが実現する。ゲートを入ってきた瞬間に、何を注文した人かが分かるため、極めて優れたUX(ユーザー体験)を提供できる。
調理に必要な機材はもちろんのこと、リーフが直接雇用している下ごしらえを手伝うスタッフもいる。配達業者とも提携しているため、レシピだけあれば、すぐにでもフードビジネスを始められる環境を整えている。
彼らが食にまつわるビジネス領域に事業を展開している理由は、駐車場管理を手がけている中で、あることに気づいたためだ。それは、駐車場の価値は自動車を止める空間そのものではなく、その立地であるということ。彼らはそれを「proximity-as-a-service(サービスとしての近接空間)」と表現し、駐車場が本来持つ価値は、人への「アクセス」の提供だと定義した。
駐車場が位置する場所は必ずその近くに人々の目的地がある。商業施設だったり、生活拠点だったりと目的は様々だが、確かに人がアクションを起こす場に近い。その地理的な近接性こそ駐車場の提供価値であると再定義したわけだ。
タクシーを呼ぶにしても、デリバリーを注文するにしても、そのほとんどがスマートフォン経由でオンデマンドにサービスを受けられる社会が到来している。だが、彼らは「オフラインに染み出るところに課題は多い」と言う。分かりやすく言えば、米アマゾン・ドット・コムの「Amazon」から商品を購入するにせよ、米ウーバーテクノロジーズの「Uber Eats」で料理のデリバリーを注文するにせよ、配送や配達にはいまだ多くの課題が残っているということだ。遠くの倉庫から来れば来るほどトラックは大型化し、燃料次第では環境悪化にもつながる。
彼らは駐車場が持つ価値の再定義を証明するため、まずは事業領域を「食」に広げた。彼らは北米の都市人口の7割をカバーする4500以上の拠点を持ち、生活拠点に近い利点を生かして15分以内のデリバリーを目指している。ニーズがそこまで高くないと判断すれば、トレーラーごと別の場所に移動すればいい。このフレキシビリティー(柔軟性)も強みとなる。
だが、彼らが描く未来はもっと壮大なものだ。生活拠点に近いメリットを生かし、食にとどまらないサービスの展開も模索している。例えば、遠隔診療を受けた人の手元へ、駐車場に設置した小型の調剤薬局からドローンで薬をすぐに届けるといった構想を描く。
さらに、駐車場を地域コミュニティーの拠点にしたいという野心も持つ。コロナ禍で人々の生活は自宅から数キロ圏内で完結するようになり、以前と比べて生活圏は大幅に狭まっている。生活インフラを駐車場に集結させることで、地域の人々が集まる場をつくりたいと考えているようだ。駐車場は屋外のため、感染リスクが低いというメリットもある。
そして、自動運転が到来する時代も見据えている。自動運転とライドシェアサービスが組み合わさった時代、マイカーを持つ必要性は一気に下がる。今ほど駐車場は必要ではなくなるし、EV(電気自動車)の普及でガソリンスタンドもいらなくなる。これまで都市部で当然のように占められていたスペースが確実に余り始める。彼らはこうした場の活用をさらに広げられるとみている。
トヨタ自動車は2030年ごろをめどに、静岡県裾野市に「Woven City(ウーブン・シティ)」を造ろうとしているが、リーフは今できることでスマートシティー化を進めようとしている。大企業がゼロから設計図を描くのに対し、余った駐車場に全てのリソースを集めて今住んでいる都市をさっさとスマートシティー化してしまおうというアプローチは、極めてスタートアップ的と言えるだろう。
トランスポーテーション技術進化の破壊力
全日本駐車協会の「令和2年度会員駐車場調査」によれば、新型コロナの影響は特に時間貸し駐車場へ大幅な売り上げ減少をもたらしたという。一方、東京都心部や横浜、一部地方都市では感染防止のためにマイカー通勤が増え、利用者の増加が見られた駐車場もあったようだ。コロナ禍は確実に不動産価値を変動させている。
そしてそれ以上の変動を起こすのはテクノロジーの進化だ。特に自動運転技術やドローンといったトランスポーテーション技術の発展は、全く関係ないと思っている人に思わぬ影響を及ぼす。自動運転やライドシェアが広がった未来では、駅から近い土地よりも高速道路のインターチェンジ付近の方が価値が高くなるという人もいる。
ローカル経済圏が点在し始めると、配送拠点もまたメッシュ化していく。リーフが米国で見せてくれるアプローチは、駐車場事業を手がける日本企業のみならず、様々な領域でサービスを展開している企業に多くのヒントを与えてくれる。身の回りにある増えすぎたアセット(資産)を今後、どのように活用していこうかという議論は間違いなく今後起きるだろう。もしかしたら、全国に6万弱あるコンビニエンスストアが進むべき未来の形かもしれない。
リーフのケースは、自らの持つアセットの価値を冷静に見つめ、時代に即した形で再定義することで、新たなビジネス領域が広がる好例と言える。そして何より投資家として感じるのは、リーフが自動運転をはじめとするテクノロジーの進化そのものではなく、それによってもたらされる社会変化という事象にこそ事業機会が内在していることに気づいている点だ。
技術一辺倒のメーカー的発想からいまだ抜け切れていない日本企業は、どうしても自動運転技術を巡る競争そのものに目を向けがち。だが、テクノロジーはあくまで手段であり、目的や結果ではない。技術革新がもたらす社会変化によって生じる人々のニーズの変化にこそ事業機会は眠っており、それは一見無関係に思える万人に影響するという点を、私たちは肝に銘じなければならない。
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