液化天然ガス(LNG)の在庫不足と太陽光発電の稼働減、そして寒波による需要増に起因する全国各地の電力不足は、単一の燃料への依存度を高めるリスク、そして天候任せで動く再生可能エネルギーを運用する難しさを浮き彫りにした。
だが、2020年10月に電力広域的運営推進機関が冬の安定供給には問題がないとお墨付きを出していた。それなのに、なぜ深刻な電力不足は起きたのか。見えてきた具体的な課題とは。
朝夕の急激な需要増加への対応には、巨大な蓄電池ともいえる揚水発電所の能力が欠かせない(出所:Adobe Stock)
「きょうの需給バランスはうちもギリギリ。本来なら他社に融通をお願いしたいところだが、どこも余力がなく、もらえないだろう」。3連休明けの1月12日、大手電力の需給担当者は険しい表情でそう語った。
新型コロナウイルスの感染第3波が日本を覆う中、もう1つの危機として各地で深刻化した電力不足。直接要因は年末年始の大寒波だ。日本海側を中心に記録的な雪をもたらし、各地で暖房などの電力需要が急増。関西以西の大手電力エリアで冬季最大電力の記録更新が相次いだ。
国による事前検証では電力は足りているはずだった。国は電力広域的運営推進機関(以下、広域機関)を通じて、毎年電力需要が増える夏、冬に供給が途絶えることがないよう需給検証を行っている。
2020年10月末に広域機関が公表した「電力需給検証報告書」は、過去10年間で最も厳寒だった場合の電力需要を想定し、それでも全国で予備率3%以上を確保できる。すなわち安定供給に問題はないとお墨付きを与えた。
大手電力9社による1月1~17日の需要実績を振り返ると、北海道、東京を除く7社エリアで想定を超える需要が出るなど、非常に厳しい需給バランスだったことがうかがえる。その一方で、想定供給力を上回る需要が出たエリアはなく、仮に最大電力(実績)発生日が全て重なっていたとしても、東3エリア(北海道、東北、東京)、中西6エリア(中部、北陸、関西、中国、四国、九州)で見れば、数字上は安定供給に最低限必要な予備率3%を確保できた計算になる(表参照)。
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1月の最大電力実績(17日まで)と広域機関「需給検証報告書」の事前見通し
(出所:電力広域的運営推進機関「電力需給検証報告書」より抜粋)
それにもかかわらず、危機は起きた。なぜか。政府関係者は「今回問題になっているのは発電出力(kW)ではなく『アワー(kWh)』。だが、広域機関の需給検証はそもそもの立て付けとして、アワーのバランスを見ていない」と話す。
エネルギー業界関係者にとっては初歩的な話だが、kWは発電設備の出力を意味する。それに対して実際に発電された電力量がkWh、業界関係者がよく口にする「アワー」だ。
3.11直後は発電設備不足、今回はアワー不足という違い
2011年3月11日の東日本大震災。直後の電力危機は、津波により東京電力福島第1・第2原子力発電所や多数の火力発電所が被災して機能を失い、深刻なkW不足に陥ったことが原因だった。当時、国が電気事業法に基づいて発令した使用制限令は、kWベースでの需要抑制を求めた。
今回問題になったのはkWというよりも、kWhの不足だ。厳寒期の暖房需要は、昼夜を問わず、だらだらと続く。最大電力が瞬間風速値なら対応できたが、高止まりする需要に応えるために日本全体の発電電力量の4割弱を占めるLNG火力がフル稼働し、想定を超えるペースで燃料を食いつぶした。
危機に陥ったのは火力だけではない。朝夕の急激な需要増加に対応するためには、巨大な蓄電池として瞬時に電気を生み出す揚水発電所の能力が欠かせない。
平時なら太陽光の余剰電力、あるいは夜間に火力・原子力を動かして水をくみ上げておき、必要なときに発電する。しかし、悪天候で太陽光は不調続き、火力は需要をまかなうのに手いっぱいで、水をくみ上げる電力を十分確保できず、じり貧になった。
発電設備を潤沢に抱えていても、燃料がなければ機能を発揮できない。戦時に軍隊だけを前線に送り込んでもまともに戦えないのと同じ。今回は設備を生かす「兵站(たん)」が途切れた。
実は、この国がアワー不足に直面したのは初めてではない。1973年秋の第1次オイルショック。火力発電所の燃料だった石油の使用を抑えるため、74年、需要家にアワーの抑制を求める電力使用制限令が発令された。
日本のエネルギー政策は当時の教訓を踏まえ、資源小国における安定供給の在り方を模索し、ベストミックスをはじめとする政策目標を掲げたはずだった。それから約半世紀。時代は変わり、環境面の制約から火力に過度に依存する供給構造には戻れないが、今の状況は、その原点を思い出すきっかけになるはずだ。
電力危機は今なお続く。当面はあらゆる手だてを駆使し、生活に影響を及ぼす節電や停電を回避することが最優先になる。一方で、今回の事態を繰り返さないためには、公正な視点での課題検証が欠かせない。
LNGの余剰在庫を抱えるのは経営上のリスク
具体的な課題として見えてきたのが、自由化後の競争環境下で有事に備え、LNG在庫を抱えておく難しさだ。
LNGはタンクへの長期貯蔵が難しく、スポット調達にも月単位の時間がかかる。これらの制約から足元の過不足に、即座に対応しにくい特徴を持つ。
それでも寒波を予想していたなら、発電事業者が事前に厚く手当てすべきではないか。そんな声も出てきそうだが、総括原価時代ならまだしも、自由競争下で消費されないかもしれない余剰燃料を抱えるのは経営上のリスクでしかない。
余剰燃料を抱えるリスクが顕在化したのが、2019年度の九州電力のケースだ。太陽光の拡大でLNG火力の稼働率が落ち込んだ。その結果、引き取り義務はあるが、自社で消費できないLNGを安価に転売せざるを得ず、多額の売却損を出した。国内最大のLNGの買い手であるJERAも、20年度中間連結決算で新型コロナの影響に伴うLNG売却関連損失を計上している。
在庫が余ったら自己責任になるにもかかわらず、10年に一度ともいわれるような寒波に備え、想定需要を上回るLNG在庫を用意するインセンティブは少なくとも発電事業者にはない。太陽光が拡大し、昼間の火力の稼働状況が読みにくくなった今、余剰を抱えることにはなおさら慎重にならざるを得ない。
こうした現状を踏まえてなお発電事業者に対し、有事の備えとして想定需要を超えた在庫を持つよう求めるなら、石油備蓄のように国による制度措置が欠かせない。
本当の意味での「市場連動型料金」を浸透させる
もう1つの課題が需給ひっ迫時、電力小売会社が顧客に節電を促すメカニズムの不足だ。目下、電力市場では高騰した日本卸電力取引所(JEPX)の負担に苦しむ新電力の経営問題、あるいは「市場連動型」の料金プランを選んだ需要家の負担増が取り沙汰されている。
だが、こうした問題が需要家に電気料金の負担増という形で跳ね返るまでに、月単位のタイムラグがある。
業界関係者は「需給がひっ迫し、市場を含む卸電力料金が高騰しても、小売料金に反映するまで時間がかかるため、需要家が『節電しないと』という意識を持ちにくい。危機を繰り返さないためには、電力不足や市場価格高騰のタイミングと連動して、需要家に行動を促す本当の意味での市場連動型料金を、もう少し浸透させなければ…」と話す。
この点で先行するのが欧州の小売会社だ。例えば、東京ガスが昨年12月に戦略的提携を発表した英国の小売会社オクトパスエナジーは価格に上限を設け、英国の卸電力料金に小売料金を連動させるプランを提供し、頭角を現した。
上限価格(プライスキャップ)方式などの保護策を講じつつ、国や業界団体が大上段から節電要請をしなくても、消費者が危機に気付く仕組みを小売り側で拡充することが必要ではないだろうか。
また、そのためにも欠かせないのが、JEPXにおけるスポット価格のボラティリティー(変動幅)を抑える、あるいはヘッジする仕組みを拡充すること。
今回の電力危機で起きた価格高騰を「需給ひっ迫時にスパイク(価格が急騰)するのは当たり前」(政府関係者)と冷ややかにみる向きもあるが、その一方で、大手電力会社の小売部門などの「パニック買い」が必要以上に価格を押し上げたとの指摘は根強い。
JEPXが正確な価格シグナルを発しなければ、卸電力価格を反映した健全な料金プランの普及など望むべくもない。令和3年の電力危機は、需給ひっ迫時の市場運営・情報公開の在り方を含めた広範な問いを投げかけている。
また、この間、国は自らが前面に立つ節電要請を渋り続けたが、その背景には「全国規模で見れば供給余力はある」(政府関係者)という発想がある。そうであるならば、特に危機時においては、全国規模での「真の供給余力」、そして市場にどれだけ売り札が出るかといった情報を開示し、買い手の安心感を高めることも、自由化を進めてきた国の責任ではないか。
第1次オイルショックの苦い経験から約半世紀を経て、再び訪れたアワー不足を苦い教訓としてかみしめ、対策を講じなければ、危機はまた繰り返される。
■修正履歴
記事中で電力量の単位を「kW/h」としていましたが、正しくは「kWh」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2021/1/20 19:20]
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