市場連動型の電気料金プランに対する消費者の不安が高まっている。未曾有の高騰が続く日本卸電力取引所(JEPX)の影響が、次月の電気料金請求額に跳ね返るためだ。電力・ガス取引等監視委員会は1月14日に
「電力の契約内容をご確認ください」と注意喚起した。市場連動型を提供している新電力は少数だが、このプランは新電力にとっても両刃の剣だ。
JEPXのスポット市場価格は2020年12月の中旬から高騰しはじめ、1月半ばになる今もなお、終焉の気配を見せてない。
JEPXは発電所を所有していない事業者でも小売電気事業に参入できるようにと設立された経緯もあり、電力調達の多くをJEPXに依拠する新電力は少なくない。実際に「12月からの1カ月で1年間の利益の半分以上が消し飛んだ」という新電力幹部の悲痛の声が全国各地から伝わってきている。
そんな中、一部の新電力には、さらなる頭痛の種が萌芽しようとしている。
一部の新電力とは「市場連動型」の電気料金プラン(以下、市場連動プラン)を提供している新電力各社のことである。
市場連動プランは、電力自由化後に登場した新しい料金プランだ。市場連動とは、JEPXの市場価格に連動して従量料金の単価が決まることを意味する。
市場連動プランを提供している新電力には、エルピオ(千葉県市川市)や自然電力(福岡市)、ジニーエナジー(東京都港区)、ダイレクトパワー(東京都新宿区)、テラエナジー(京都市)などがある。
また、従量料金は固定であるものの、電気料金に加算される「燃料費調整額」をJEPX価格の変動に合わせて調整する「燃料費調整型」の料金プランもある。新電力のエフエネ(東京都千代田区)やハルエネ(東京都豊島区)、みんな電力(東京都世田谷区)、リミックスポイント(東京都港区)などが提供している。
エネチェンジによると、市場連動型プランを取り扱う小売電気事業者の供給量シェアは1.86%、想定契約件数は約80万件。なお、市場連動型以外の電気料金プランは、料金単価が固定されており、JEPX高騰の影響は軽微だ。
2020年は激安料金だった市場連動プラン
JEPXは30分単位で取引しているので、電気料金の従量単価も30分ごとに変動する仕組みだ。市場価格が安価な朝や夜に電力を多く使い、夕方など市場価格が高い時間帯に節電すると、電気料金を節約できるメリットがある。
こうした特徴を持った市場連動プランは、株価の変動と同じで、一喜一憂するのではなく1年間でのトータル金額などを勘案して評価した方が良い。例えば2020年度は、JEPX価格は史上最安値と言って過言でないほどの安さだったため、安価な電気料金の恩恵を存分に受けることができた。だが、2020年12月後半から現在に至る市場高騰で、今月の電気料金は前月の5倍以上に跳ね上がる可能性もある。
新電力にとっても市場連動プランは両刃の剣だ。新電力は今、何をすべきなのか考えてみたい。まずは、市場連動プランの現状から分析してみよう。
図1は、2020年11月のJEPXスポット市場の東京エリア平日の24時間平均価格を示したものだ。月間の平均5.51円/kWh。取引価格が比較的上昇しやすい昼間時間(8:00〜22:00)の平均価格も、5.62円/kWhだった。
1年前の2019年11月の同エリア平日の24時間平均価格は9.03円/kWh、昼間時間の平均価格も9.50円/kWhであった。つまり、2020年11月の市場価格は2019年の半額という安さだったのだ。
図1●2020年11月のJEPXスポット市場の東京エリア平日の24時間平均価格(出所:日本卸電力取引所)
JEPXで取引される電力は、各地の発電所の余剰電力と、北海道から九州までの各エリアの大手電力やJパワー(電源開発)などの発電事業者が卸す電力で構成されている。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発出を受けて、外出自粛やイベントの中止、企業活動の低迷によって電力需要は減少した。さらに、世界的な原油安、LNG(液化天然ガス)安などによって、発電用の燃料調達単価が引き下がったことが複合的に影響して、極めて安価な市場価格となった。
そのため、JEPXの価格下落を奇貨として市場連動プランを採用した新電力は、2020年に増加している。2020年4月頃に市場連動プランに切り替えた需要家は、12月を迎えるまではJEPX下落の果実を得たはずだ。
しかし、好事魔多しとはよく言ったもので、JEPXの価格は高騰した。
12月中旬から寒さが徐々に厳しさを増し始め、電力の需要が増え、LNG不足も相まってJEPX価格は上昇の一途を辿った。下のグラフは、JEPX東京エリアの取引価格である。2019年の平均価格と比較して、ほとんど全時間帯に渡って価格が上昇していることが分かる。
図2●2019年12月と2020年同月のJEPXスポット市場・東京エリアプライスの比較(出所:日本卸電力取引所)
この価格上昇は年末、2021年の正月を迎えても収まらなかった。それどころか、JEPX価格は日々、史上最高値を更新し続けたのだ。東日本では1月13日に250円/kWh、同日の西日本でも201円/kWhをつけた。もちろん、両エリアにおけるJEPX史上最高値である。
JEPX価格を前年度と比較した表も掲載する。2020年12月は前年12月と比べて2倍程度の価格上昇であったが、2021年1月は前年度比1000%超えと、目を疑いたくなるような数字である。
表1●JEPX価格の前年度比較 ※24h平均(00:00~24:00平均値)、DT(08:00~22:00平均値)、PT(13:00~16:00平均値)(出所:日本卸電力取引所)
想像を絶する電気料金の請求になる
市場連動プランを利用する需要家は、このJEPX価格をそのまま従量料金単価に反映した場合、想像を絶する電気料金の請求を免れない。
例えば、2世帯住宅など使用電力量が大きく、月に2万円程度の電気料金であった需要家の1月分の電気代は10万円を超えるおそれがある。市場連動プランにしたことで、かえって電気料金が上昇してしまう。
もちろん「電力自由化は需要家が電力会社や電気料金プランを自由に選ぶことができるが、それは自己責任である」という建前は首肯すべきである。
市場連動プランの選択によって電気料金の高騰という悲劇に見舞われる需要家は、市場連動というリスクを自ら背負ったことになる。このため、新電力には責任はなく、需要家は自己の選択を呪いながら粛々と電気料金を支払うべきであるという論調には一定の説得力はある。
一方で、JEPXという、およそ一般国民には馴染みのない市場における高騰リスクを新電力が需要家に十分に伝えてきたかという説明責任の問題は引き続き残る。
新電力は需要家に市場高騰リスクを十分に伝えていたか
市場連動プランを導入している新電力のWebサイトを確認しても、過去の市場価格の高騰事例などを参考にしながら明確にJEPXが高騰する恐れがあることを需要家に伝えている新電力は、自然電力(福岡市)など数える程しか存在しないのが実情だ。
市場連動プランを紹介する新電力の多くは、「市場価格が上昇すると割高な電気料金になる可能性がある」という表記にとどまり、むしろ価格が安くなるようなメッセージを伝えている。
実際、料金比較サイトなどを通じて、料金の安さを理由に契約した需要家は少なくない。また、法人向けの見積もり提案の際に、料金計算例といった形で安価な料金を見せていたケースもある。
電気料金の爆騰を十分な情報を提供せずして、市場連動メニューを選択した需要家の責任であると断ずるのは、いささか早計ではないだろうか。
また、市場連動プランを採用する新電力は、JEPXの情報を需要家に提供しているが、元より馴染みの薄いJEPXの情報の読み方のチュートリアルや、将来の市場価格の動向を需要家に示すケースは極めて少ない。つまり「市場連動」というが需要家のほとんどは、JEPXという市場を正しく理解しないままに契約を交わしていることがあるのだ。
また、市場連動プランを採用する新電力の中には、JEPXにおける取引経験が浅い企業も少なくない。つまり、本当の市場高騰リスクを体験したことなく、目先の市場価格が安価であるから市場連動プランを導入したという”JEPX素人“では、需要家の問い合わせや苦情に適切に対応することができるか甚だ疑問である。
新電力のコールセンターには、「いつ、この高騰は収まるのか」「なぜ、この高騰を教えてくれなかったのか」と言った悲鳴に近い問い合わせが殺到していることは想像に難くない。
ここで、2017〜2018年の冬に発生したJEPXの高騰を体験した新電力であれば、経験に基づいて需要家の不安や怒りを和らげる対応を期待できる。
一方、高騰自体を経験したことのない新電力では、コールセンターもパニックになってしまい、結果、需要家の不信と離脱をせき止めるどころか助長しかねない。最悪の場合、十分な説明をされなかったと考える需要家たちが集団で新電力に対して訴訟を起こす可能性すらある。どうあれ、顧客の大量離脱も考えられる危険な状況だ。
いま新電力がやるべきこと
今新電力がやるべきことは、顧客対応に全力を尽くすことだ。コールセンター部門と料金請求部門で協力して、現在の需要家の1月末までの想定使用電力量を算出し、想定請求金額を算定する。その数字を需要家に正しく伝えた上で、新電力としての方針を説明することになるだろう。
ここでいう方針には、大きく4つの考え方がある。まず第1が、高騰月は「市場連動価格にしない」と発表するという方法だ。ただし、この選択肢がとれるのは、1月途中から他社から電力を相対契約で融通してもらえる見込みがつき、JEPXからの調達量を減らすことができる新電力に限られるだろう。
第2が、自社の別の電気料金プランに切り替えるよう顧客を誘導する方法だ。もちろん、市場連動プラン以外の電気料金プランがあることが前提だ。
そして第3が、新電力が損失を補填し、需要家への請求金額を減免する方法だ。新電力の経営に極めて深刻な影を落とすことになるが、需要家への責任感を完遂し信頼を確保するために採用する新電力も存在する。
第4の方法が、特に何も提案をしないというものだ。契約時から需要家に対して十分に説明責任を果たし、需要家が自らリスクを引き受けて市場連動プランを選んだことが客観的に明白な場合に選択可能な方法だ。需要家に高騰リスクについて説明をしたこと、高騰があっても請求金額に異を唱えないことなどを定めた同意書を事前に需要家から回収していることなどが条件となるだろう。
表2●市場連動プランを提供している新電力には今、4つの選択肢がある(出所:著者作成)
市場連動プランを提供している新電力の対応は様々だ。嵐が過ぎ去るのを待つがごとく、その後の対応を明らかにしていない新電力がいる一方で、需要家に率先して情報を提供し、自社の別プランへの切り替えを誘導したり、自社プランの解約方法を解説したりしている。なかには、需要家の請求金額を減免するという損失補償に踏み切った新電力も存在する。
自然電力は1月7日に公表した「日本卸電力取引所(JEPX)電力取引価格高騰に関する重要なお知らせ」で、需要家に市場の高騰状況を詳細に伝えた。1月11日には、1月、2月の請求分については需要家の管轄エリアにおける大手電力会社の電気料金を基準として、それを超える分の電気料金につき3万円を上限として値引きすると発表した。同社のWebサイトには、同社との解約方法まで分かりやすく掲載されており、需要家への対応を迅速かつ真摯に実施している様子が伺われる。
また、自然電力の取次であるボーダレス・ジャパン(東京都新宿区)が展開する「ハチドリ電力」は、1月8日に需要家の管轄エリアの大手電力会社の電気料金を基準とし、それを超える電気料金を全てハチドリ電力が負担することを明らかにした。需要家にしてみれば、大手電力と契約した場合と変わらない電気料金となる。
両社ともに市場高騰による調達コストの上昇分を需要家に転嫁しないため、大きな利益喪失が見込まれる。だが、需要家の信頼確保を優先させるべくリスクを取りにいったのだろう。
市場連動プランを提供している新電力の中には、事前の情報提供体制の構築や、市場高騰の影響を抑える仕組みを取り入れている新電力もある。
ダイレクトパワーは、かねて需要家への情報提供に力を入れてきた。需要家向けの「マイページ」では30分ごとに、全てのエリアにおける請求金額を明示している。JEPX価格の情報提供に留まらず、請求金額まで示しているケースは珍しい。また、需要家がJEPXの高騰に気が付くように、需要家があらかじめ設定した一定の閾値を超えるとメールが需要家に配信される仕組みを採用している。
みんな電力は電気料金が急激に高騰しないような工夫を施している。電源コストを6カ月平均で調整する「電源コスト調整単価(みんなワリ)」の採用だ。また、市場高騰の影響を受ける2月の電気料金について、料金シミュレーションによって使用量に応じた電気料金の実請求金額を確認できるようにしている。
新電力の信頼失墜に繋がらないことを願う
この冬をきっかけに、市場連動プランを導入した需要家はもちろん、市場連動プランを導入していない需要家にも新電力全体への不信感が高まる可能性がある。
電力需給のひっ迫に関するニュースとともに、市場連動プランで電気料金が上昇することへの不安をかき立てるような記事が散見され、「大手電力は安心だが、新興勢力である新電力は心配」という論調も珍しくない。
思い起こせば10年前、ドイツの電力自由化においてもプリペイド式の前払い決済という手法を採用していたTelDaFax社が受け取った費用を返さないまま70万人の債権者を抱えて倒産した。この事件で国民の新電力への不信感が増大。大手電力を選ぶ人が増えていった。
日本においても、市場連動プランを契機に需要家の新電力不信が増大しないことを祈るばかりである。
JEPXの取扱電力量は、2016年の電力全面自由化開始前と比較して飛躍的に伸びた。しかし、市場への売り札の多くを大手電力会社に頼る状況が続いている以上、火力発電所の燃料調達状況に左右される運命に変わりはない。
事実、JEPXは夏にも冬にも、3年に1回は大きな高騰を起こしている。その度に新電力各社は「この世の終わり」であるように苦しむ。それにも関わらず、春あるいは秋を迎えて市場が安値をつけ出すと、喉元過ぎて熱さを忘れるがごとく、調達をJEPXに依存する。
このルーティンを繰り返す新電力のなんと多いことか。そうして危機意識を薄くした最中に、得てして、こうした致命的な事故は発生する。今回の高騰は、これまでの高騰とはレベルが違う。だが、電源戦略を熟考し試行錯誤しながら実践してきた新電力は、そうでない新電力に比べて、はるかにダメージが小さい。
市場連動プランは需要家、そして自社にも大きな負担が跳ね返ってくる恐れのある「両刃の剣」なのだ。JEPX自体の知識はもちろん、JEPXの価格高騰メカニズムや将来価格の予測などを十分に理解した新電力が採用すべき「大人のプラン」である。
今冬の市場高騰は、新電力の需要家に負うべき責任について改めて考えることを要求する、極めて大きな試練の時なのではないだろうか。
村谷 敬(むらたに・たかし)
AnPrenergy代表取締役
成蹊大学法学部法律学科卒。エナリス、エプコでの事業経験を基礎に、電力ビジネスのコンサルティングを手がける。これまでに約120社の小売電気事業者に関わり、需給管理マネジメント強化、人材育成、地域での電力を活用した事業再生などを実施。環境エネルギー技術研究所上級研究員、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構招聘研究員。
■修正履歴
2ページ目2段落目で、「2021年12月後半から現在に至る」としていましたが、正しくは「2020年12月後半から現在に至る」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2021/1/29 18:40]
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