2020年12月後半から異常な高騰を続けている日本卸電力取引所(JEPX)。想像をはるかに超える高騰に、新電力の中には資金がショートしそうなところも出てきている。経済産業省は1月15日、ようやく対策に動き出したが、その内容は「インバランス料金の上限を200円/kWhにする」というものだった。新電力業界からは、この対策ではJEPXは正常化できないという悲鳴が上がっている。
誰がこれほどまでの市場高騰を想像することができただろうか。JEPXは12月末から延々と、売り札よりも買い札が圧倒的に多い玉切れの状況が続いている。
市場から電力を調達しようとすれば、どうしても高値の札を入れざるを得ない。「囚人のジレンマ」ともいえる状況が続き、1月上旬は連日、史上最高値を更新。ついにはJEPXスポット市場のシステムプライス(全国24時間平均価格)が150円/kWhを超えるようになった。
小売電気事業者にとって、逆ザヤなんていうレベルではない。家庭向けに30円/kWhで供給している場合、仕入れ値が販売価格の5倍だ。到底、許容できる水準ではない。
JEPXはこれまでもたびたび高騰を起こしてきた。記憶に新しいところでは、2018年の冬に高騰した。電力需要が高まる夏と冬は高騰の可能性が春や秋に比べて高く、特に冬は高値が長引く傾向があることは、新電力事業の常識でもある。
このため冬に備えて相対契約を厚めにするなど、様々な手段で市場調達比率を下げていた新電力は多い。また、11月中旬以降にLNG(液化天然ガス)スポット価格指標の「JKM(Japan Korea Marker)」が上昇し始めたのに気づき、相対契約を増やした新電力もいる。
それでも、厳冬による想定以上の電力需要の増加で、それなりの量の市場調達は避けられない。また、事業成長のスピードが早い新電力は、JEPXからの調達比率が高くなる。電源調達ノウハウが蓄積していない新規参入組もまた、市場調達比率が高いケースが多い。
今回の市場高騰によるダメージは、事業経験豊富で電源戦略を熟考しリスクヘッジを検討してきた新電力の方が、そうでない新電力に比べて小さいだろう。だが、自社電源を保有する大手新電力ですら、莫大な損失を出す事態になっている。
誰も予期できなかった異常高騰、大規模災害の発生に匹敵
ある大手新電力幹部は、こう指摘する。「当社は相対契約などの割合が大きく、JEPXからの調達比率は低い。それでも今回のこれだけ長期化する市場高騰のダメージは非常に大きい。今回の事態は大規模災害の発生に匹敵する。ここまでの高騰は誰も予期できない」。
さらに、こう続けた。「JEPXの正常化は一刻を争う事態だ。新型コロナの緊急事態宣言と同じで、高騰の長期化によってキャッシュの問題に直面している小売事業者が多数いる。国が取引市場に対する踏み込んだ対応策を示さなければ、そもそも今後の返済の見込みが立たないため、金融機関も運転資金を貸せなくなる。小売電気事業者の危機を引き金に、電力産業が一気に崩れる可能性がある」。
JEPXの約定金額の支払いは2日後。あらかじめ預託金を入れる必要があるため、中小規模の新電力にとっては、資金調達が不可避の状況にある。親会社に資本力があるか、本業が別にある新電力を除けば、事業継続が危うい状況になっていることは明らかだ。
大手であっても、電源調達による損失は深刻な経営インパクトとなっている。自助努力で吸収できる水準ではなく、電気料金の値上げという形で需要家に影響が出ることは避けられないだろう。
電力逼迫とJEPX高騰の傾向が乖離している
既にJEPXの高騰が始まってから2週間以上が経過している。なぜ、経産省が対策に動いたのは、このタイミングだったのか。
市場高騰が始まった12月後半から新電力業界はざわつき始めたものの、当初は「年末年始は電力需要が低下するから、そこで収まるだろう」という見方が大勢だった。ところが、正月三が日が明けても高騰は収まらない。それどころか、連日、JEPXスポット価格は史上最高値を更新した。
この頃から、火力発電燃料であるLNG(液化天然ガス)の不足による発電所の出力低下(燃料制約)が指摘され始めた。状況は改善せず、電力需給は一層のひっ迫を見せ始めた。
新年に入ってから、複数の新電力が資源エネルギー庁や監視委員会に状況を説明し、事態の改善を求めていた。だが、「国は電力需給がひっ迫しているのだから市場高騰は自然なことという認識だったようだ。需給が緩めば、おのずと市場価格も下がるはずと言っていた」(関係者)。
ところが、1月9~11日の三連休が明け、電力需給のひっ迫が少しずつ穏やかになり始めても、JEPX価格の上昇は止まらなかった。需給とJEPX価格の乖離が明確になってきたことから、エネ庁や監視委員会は対策に打って出たようだ。
こうして講じられたのが、1月15日に公表された「インバランス料金の上限を200円にする」という措置だった。
「インバランス200円」では意味がない
多くの小売電気事業者が、JEPXでの売り札不足で自社需要分の電力を調達できず、一般送配電事業者からインバランスとして補給を受けている。インバランス料金単価は市場価格を基にコマごとに算定することになっているため、高額になるコマも相当数ある。今回の措置は、1月17日から6月30日までインバランス料金の上限を200円/kWhに設定するというものだ。
この対策には、新電力の救済策としての意味も込められているようだ。しかし、経産省が発表するやいなや、新電力業界からは実効性への疑問と、「同時同量」の趣旨に反するという意見が噴出した。
ある新電力幹部は、「この対策ではJEPXの価格が200円/kWhに張り付くだけで意味がない」と嘆息し、別の幹部は「インバランスを出さないように高値でも札を入れてきた新電力が報われない。インバランスを出した方が救済されるというメッセージを出すのはおかしい」と憤る。
インバランス料金の上限を200円にするという方法は、2022年度から計画停電時などに適用するべく、制度設計が進められていたものだ。「今回の高騰は、これまでのインバランス議論の前提となるスパイクの頻度を遥かに超えている。そもそも、200円が適用されても何ら救済にはならない」(関係者)。
だが、即座に対応するためには、今ある制度の枠組みに中でやらざるを得ない面もある。ある新電力幹部は、「今のJEPXは何らかの手を打たない限り、正常化できない状況にある。国がようやく動いたことを評価したい。これで終わりにせず、早期に次の手を打ってもらいたい」と期待を込める。
12月下旬からJEPXは「玉切れ」が続いている
JEPXの高騰が止まらず正常化できない理由は、制度の運用やJEPXの仕組みにある。様々な理由があるが、大きな要因は市場の玉切れと、電力広域的運営推進機関や一般送配電事業者による”インバランス指導”だろう。
監視委員会が1月15日に公表した「スポット市場価格の動向について」を見てみると、12月下旬から売り札量が減少し、買い札量と大きな差が生まれていることが分かる。
[画像のクリックで拡大表示]
図1●JEPXは12月下旬から玉切れを起こしていた
(出所:電力・ガス取引等監視委員会「スポット市場価格の動向について」)
JEPXの約定方法はシングルプライスオークションであるため、この状況だと、どんどん約定価格が上がるのは当然のこと。シングルプライスオークションの仕組みは次の通りだ(電力用語辞典「電力スポット市場」参照)。
1日を30分ずつ48コマに区切り、それぞれのコマに対して、売り札と買い札を価格と量に応じて積み上げて需要曲線と供給曲線を作る。この2つの曲線が交わる均衡点をコンピュータが計算し、1コマずつ約定価格を決定する。約定価格よりも安い売値を入れた売り手も、高い買値を入れた買い手も、全員がこの約定価格で取引をする。約定価格よりも高い売札や安い買札は取引不成立となる。
つまり、今回のように売り札が買い札よりも少ない状況では、買い札が約定価格を決めてしまう。高値の札を入れた人から、限られた量の電力を調達できるため、どんどん約定価格が上がってしまう。
小売電気事業者300人へのアンケートで見えた実態
実際、多くの新電力が高値での入札を実施している。小売電気事業者の会員組織である「日経エネルギーNextビジネス会議」は、1月14日に
「JEPX価格の高騰に関する緊急オンラインミーティング」を開催。参加した約300人の小売電気事業者に「JEPXへの入札に関する考え方は?」とアンケートで聞いたところ次のような結果になった。
[画像のクリックで拡大表示]
図2●新電力の多くが高値での入札を余儀なくされている
(出所:日経エネルギーNextビジネス会議「JEPX価格の高騰に関する緊急オンラインミーティング」)
「入札可能な最高額である999円で固定」が4%、「なりゆき買い(絶対買い)」が14%、「前日の約定金額+10円未満」が9%、「前日の約定金額で入札」が4%だった。30%以上の新電力の入札行動が、市場価格を引き上げるものだった。
これほど市場価格が高くなっても、高値で買い札を入れ続けてきた背景には、広域機関や一般送配電事業者からの”インバランス指導”がある。
ある市場関係者は「いまなお、広域機関による不足インバランス取り締まりが一部の買い手に高値買い入札を強いている状況が続いている」と指摘する(「狂乱状態のJEPX、広域機関が「最大出力発電」を初指示」)。
小売電気事業者300人へのアンケートでも、32%が「指導があった」と回答している。販売電力量が大きな新電力を中心に、インバランスを絶対に出すなという指導が入っている。
[画像のクリックで拡大表示]
図3●広域機関や送配電事業者から"インバランス指導"を受けている新電力は多い
(出所:日経エネルギーNextビジネス会議「JEPX価格の高騰に関する緊急オンラインミーティング」)
確かに同時同量を果たすことは新電力の責務だ。電力需給がひっ迫しているなか、不足インバランスを出すことは安定供給を確保する上でマイナスに働く。だが、時間帯によっては、ひっ迫していないところもある。全ての時間帯において、インバランスを少しも出さないようにしようとすれば、高値で札を入れざるを得ず、市場価格はひたすらに高騰してしまう。
新電力として正しく行動しようとすればするだけ、市場価格は高騰する。「もはや国による何らかの措置がなければ、JEPXは正常化しない」と多くの新電力が口にするのは、こうした事情からだろう。
情報公開によって「囚人のジレンマ」からの解放を
エネ庁も「インバランス上限200円」で対策を終わりにするつもりはなさそうだ。複数の新電力に「どういった対策が必要か」と意見を求めているやに聞く。
今どのような対策を求めるか。小売電気事業者300人に複数回答で問うたところ、次のような結果になった。
[画像のクリックで拡大表示]
図4●小売電気事業者の情報公開を求める思いは強い
(出所:日経エネルギーNextビジネス会議「JEPX価格の高騰に関する緊急オンラインミーティング」)
最も多かったのが「燃料供給に関する情報公開(LNG在庫量の公開など)」で76%、「JEPXに関する情報公開(需給曲線の公開など)」が69%と、情報公開に対する要望は大きい。
「需給曲線が公開されれば、囚人のジレンマから解放され冷静さを取り戻せる。小売電気事業者各社が高値の札を入れ続ける入札行動を止めるには、情報公開が必要だ」(新電力幹部)。
また、今回の需給ひっ迫の原因となったLNG不足についても、LNGの在庫量が情報公開されていれば、対策の取りようがあっただろう。
ある海外エネルギー会社関係者は、「海外ではLNGタンクの在庫状況は情報公開するのが当たり前。日本では、灯油やガソリンの在庫情報は石油連盟が毎週公開しているものの、LNGの情報は公開されていない。日本の電力市場の情報公開は非常に消極的だ」と指摘する。
送配電事業者の想定外利得の還元を求める声も
そして、「一般送配電事業者のインバランス料金に伴う想定外利得の還元」も72%と、多くの小売電気事業者が求めていることが分かった。
ただし、今回の上限200円/kWhでは意味がない。ある新電力幹部は、「インバランス料金は市場高騰の影響によって、一般送配電事業者の限界費用を大きく上回っている。これによる想定外の利得分を託送料金の減額や、インバランス単価の遡及適用によって還元してもらいたい」と訴える。
今回、一般送配電事業者は電源などを含めて、ありとあらゆる手段を講じて、電力ひっ迫の対応をしている。この時、いくら費用がかかったのかは明らかにされていないが、150円/kWhや200円/kWhということは、さすがにないだろう。
電力全面自由化から5年弱。電力システム改革はまだ途上だ。今回のような危機は、市場設計の不備を見つける好機だ。規制当局には積極的な情報公開と、顕在化した不備への速やかなる対応を期待したい。時計の針を戻すのではなく、試行錯誤を重ねることで、日本の電力市場は成長し、成熟していくはずだ。
この記事はシリーズ「日経エネルギーNext」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?