原子力発電所事故が起きたわけでもない。発電所で直下型地震が起きたわけでもない。だが、日本は今、3.11以来の電力不足の中にいる。それでも政府は節電要請を出すことに難色を示している。
2020年12月末に電力不足は顕在化し、新年三が日が明けてから、いつ停電が起きてもおかしくない綱渡りの状況が続いている。
今回の電力の逼迫には複数の要因がある。「日経エネルギーNEXT」で既報の通り、寒波による冷え込みで電力需要が増加したこと。加えて、火力発電燃料のLNG(液化天然ガス)の不足がある(「電力市場の異常な高騰はまだまだ続く? LNG供給に乱れ」)。
電力広域的運営推進機関は1月6日に初めて、発電所を最大出力で運転し、余った電力は卸電力市場に流すように「最大出力運転」の指示を出した(「狂乱状態のJEPX、広域機関が最大出力発電を初指示」。
全国の電力会社が電力を融通し合い、素材系企業などが保有する自家用発電機にも発電を依頼するなど、思いつく限りの手を尽くして、停電が起きないようになんとか堪えている状況だ。
大手電力会社や新電力は新年になって、国民に広く電力危機を周知すべく、国に節電要請を出すよう求めてきた。各家庭のエアコンの設定温度を少し下げるなど、わずかな節電でも、チリも積もれば全国大での電力需給は楽になる。
だが、「新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中の節電要請は批判の対象になりかねないと経済産業省が難色を示している」。複数の電力関係者はこう明かす。背後には、官邸の存在がある。
梶山弘志経済産業相は1月8日の閣議後の記者会見で「現時点で節電要請は想定していない」とし、電力会社間の融通などで対応する方針を示すに留まった。
「節電」の2文字を巡り、調整は難航
国民に節電のお願いすらできない中、電力需給は深刻な状況が続いた。痺れを切らした電気事業連合会は1月10日の20時過ぎに「電力の需給状況と節電へのご協力のお願いについて」というニュースリリースを公表。一般送配電事業者各社も同様のお願いをWebサイトに掲載した。
ある電力関係者はこう明かす。「電事連は1月10日午後にも会見し、節電のお願いをする方針だった。しかし、経産省との文言調整に相当の時間を要した。経産省が『節電』という文言を入れることに難色を示していたからだ。さすがの電事連もそこは譲れないと調整を続け、夜になってようやくリリースを出した」。
だが、リリースタイトルにこそ「節電へのご協力のお願い」と記載してあるものの、中身には節電の二文字はなく、「電気の効率的な使用にご協力いただきますようお願いいたします」と書くにとどまっている。
九州電力エリアは1月10日も電力需給が逼迫。一時、使用率が100%を示した。(出所:九州電力送配電)
1月10日は西日本の電力不足は非常に深刻な状況だった。同日夕方には、九州電力や中国電力で電力の供給量に対する使用量の割合が95%を超えた。九州電力送配電の「でんき予報」にいたっては、一時、100%の数字を示した。電力の供給量のすべてを使用している状態という意味だ。このバランスが崩れれば停電してしまう。1月12日は東日本が危険水域だと言われる。
電力の需給逼迫が続く中、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格は、過去最高値を連日更新している。JEPXの高騰は12月後半に始まった。(「年明けも続く?長引く電力市場の異様な高騰」)
1月11日受け渡しのシステムプライス(24時間全国平均)がついに117.30円/kWhに達した。1日の最高値は190円/kWhという未曾有の金額だ。卸電力市場からの電力調達費用は急増。新電力はもちろん、大手電力の新電力子会社なども深刻なダメージを受けている。
東日本大震災によって東京電力・福島第1原子力発電所事故が発生した時の電力不足。そして、北海道胆振東部地震が北海道電力・苫東厚真火力発電所至近で発生し、北海道全域がブラックアウトした時。今、これらに匹敵する電力危機に陥っているにも関わらず、その事実すら国民には伝わっていない。
今回の電力危機は、燃料であるLNGの不足によるものなので、時間帯を問わず少しずつでも使用電力量を減らし、燃料を温存することが重要だ。夏の電力需要のピーク時などにありがちな「発電設備が足りない」という場合は、ピーク時間帯のみ節電すれば良いが、今回はそうではない点も広く伝えるべきだろう。
「この寒波の中で停電してしまったら、それこそ命に関わるのに」。電力会社幹部の言葉を政府には重く受け止めてもらいたい。
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