菅義偉首相の自民党総裁選への不出馬表明で、政治の局面は大きく変わろうとしている。誰が後継者となり、どのような政策をとるのか、国内のみならず海外からの関心も高い。ただ誰が首相となっても、新型コロナウイルス問題を克服し日本経済を活性化させるのは容易な仕事ではない。菅内閣1年の政策を正当に評価した上で、やるべき政策を明確にしなければならない。

菅内閣の大きな功績

 過去1年の政策変化を冷静に見ると、菅内閣の功績は極めて大きかったと言わねばならない。2050年のカーボンニュートラル実現を宣言し、デジタル庁を設置した。携帯電話料金を引き下げ、新型コロナウイルスのワクチン接種を一気に加速させた。ワクチン接種回数の国際比較を見ると、日本は中国・インドなどの人口大国を含めても世界5位となっている。主要国の中で感染者や死亡者が相対的に少ない日本で、これだけの接種が行われてきたことは、海外では高く評価されている。

 問題は、残念ながらこうした政策が十分に理解され評価されなかったという点だ。内閣の説明不足を指摘する声もあるが、事態はそれほど単純ではない。次の首相も直面するであろう構造的な問題が、今の日本には存在している。最大の問題は、医療体制が独占的で硬直的な構造を抱えており、結果的にコロナ病床不足への懸念が内閣支持率に大きく影響したことだ。入院できずに死亡するという、痛ましい事例が発生したことは、国民を著しく不安にしている。

<span class="fontBold">竹中平蔵(たけなか・へいぞう)氏</span><br />慶応義塾大学名誉教授。1951年 和歌山県生まれ。73年一橋大学経済学部卒業、日本開発銀行入行。96年、慶応義塾大学総合政策学部教授。経済財政政策担当大臣や金融担当大臣、総務大臣などを歴任。2016年から現職。現在は菅義偉内閣の成長戦略会議メンバーを務める。(写真:竹井俊晴)
竹中平蔵(たけなか・へいぞう)氏
慶応義塾大学名誉教授。1951年 和歌山県生まれ。73年一橋大学経済学部卒業、日本開発銀行入行。96年、慶応義塾大学総合政策学部教授。経済財政政策担当大臣や金融担当大臣、総務大臣などを歴任。2016年から現職。現在は菅義偉内閣の成長戦略会議メンバーを務める。(写真:竹井俊晴)

 しかしそもそも、160万の病床がある国が2200人程度の重症者で医療崩壊を起こすなど、冷静に考えればあり得ない話だ。確かに、一部勤務医や看護師たちは献身的な努力を重ねている。しかし全体として見ると、日本では医療のリソースが全く有効に使われていない。医師という特別な独占的権限を持つ集団、旧厚生省の医療系技官、そして政治(今回の場合は政治的な位置づけを与えられた分科会を含む)のスクラムが、コロナ病床を増やすことの抵抗勢力となってきた。

 東京大学の仲田泰祐准教授らの研究によると、現状の2倍ないし3倍のコロナ対応能力を構築すれば、医療崩壊なしに社会活動が正常化できると結論づけられている。今年3月に田村憲久厚生労働大臣は、今後の感染増に備えて病床を2倍にすると述べた。しかし現実には、コロナ病床は当時の1.2倍にしかなっていない。病床確保は置き去りにされたままなのだ。

 このように、医療に関しては鉄のトライアングル、いわゆる「厚生ムラ」が存在する。菅内閣は、この医療ムラと戦ったにもかかわらずそれが国民に十分伝わらないままに、変異株が出現し事態の深刻化を招いた。次期首相にも、こうした医療ムラと闘う姿勢が求められる。

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