いよいよ、起業に一歩踏み出そうとしたトラストバンク(東京・目黒)創業者の須永珠代氏。だが、バブル崩壊に巻き込まれた就職活動期と同様、世の中はリーマン・ショックを引き金とした世界金融危機に襲われていた。派遣社員として働く場所も見つからない日々。生活保護も受けられないと悟った須永氏は、デイトレーダーとして1年間なんとか食いつないだ。

(写真:的野 弘路)
(写真:的野 弘路)

 2008年の夏、私はそれまで働いていた会社を辞めました。前回でも触れた株式銘柄のスクリーニング(選別)ツールを開発している会社でがむしゃらに働いていましたが、どうやって起業しようかなんて考える時間すらなかったからです。残業時間はゆうに400時間に達してましたし。

 当時は「週末起業」という言葉が流行っていました。30代のうちに起業するためには、まずは派遣社員をしながら週末起業を試してみようと思いました。失業保険をもらいながら、2~3カ月くらいかけてゆっくり考えようという甘い考えで辞めた直後、世の中ではリーマン・ショックが起きました。

 あわてて派遣の仕事を探すも、ほとんど見つかりませんでした。ようやく見つけて応募しても、すべて落とされてしまう。コンビニエンスストアのアルバイトにも面接に行きましたがこれもダメでした。

 リーマン・ショックの影響がこんな私にまで及ぶことにびっくりしたと同時に、漠然と覆いかぶさってくる恐怖心。じりじりとお金がなくなっていきました。生活保護を受けようと役所にも問い合わせをしましたが、家賃の上限で引っかかりました。当時住んでいた渋谷区のワンルームは約7万円。生活保護を受けるには5万円前後の家賃以下でないと受けられなかったんです。かといって、引っ越しするお金もない。

 貯金が20万円を切り、あと1カ月しか暮らせないと分かったとき、いよいよ追い詰められました。お金がないというのは本当に精神的に来ます。でも、それ以上に辛かったのは、社会にまったく必要とされていないことでした。正社員はおろか、派遣社員やアルバイトとしてすら働けないんです。社会からあなたは不必要と言われているようで、それが一番辛かった。

続きを読む 2/3 デイトレーダーで食いつなぐ日々

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