2020年1月、ふるさと納税の総合情報サイト「ふるさとチョイス」を運営するトラストバンク(東京・目黒)創業者、須永珠代氏が代表から離れた。現在では会長兼ファウンダーという肩書で、興味のある自治体を訪れる自由な生活を送る。
2008年に制度化されたふるさと納税の利用者は昨年初めて400万人を突破し、今では地方自治体にとって、なくてはならない存在になっている。パイオニアとして初めてこの領域に踏み出した須永氏の功績は大きい。
だが、もともとは迷いに迷いを重ねた人生を歩んできた須永氏。なぜ、起業に至り、地方創生に身を焦がすようになったのか。歩む中で見えてきた国と地方の在り方とは。須永氏がその半生を語る。
2020年1月、8年前に創業したトラストバンクの代表から離れました。今は会長兼ファウンダーという肩書ですが、興味のある技術を持つ人に会いに行ったり、地域に住んでいる面白い農家の方に会いに行ったりと、自由気ままな活動をしています。
トラストバンクは創業時に信頼をためるという意味で名付けた会社。ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」などを運営しています。もともと会社と個人の活動に線引きはあまりないんですが、起業したときから地域の人たちの課題解決のツールの一つとして提供してきました。
今、新型コロナウイルスの感染拡大でインバウンド需要も激減し、地方は大変な惨状になっています。政治家は「アフターコロナは地方の時代だ」と口をそろえて言います。都会に住んでいる人の2割が移住したら地方経済がうまく回るという人もいます。
でも、今のままでは地方創生は難しいでしょう。「コロナで価値観が変わりました」という人はいますが、実際に周りで地方に移住した人はいますか。私の周りに地方へ移住した人はほとんどいません。私感ですが、このままでは大きな変化は訪れないでしょう。
そもそも、地方創生という言葉があまり好きではありません。必要に応じて使うことはありますが、どこか都会が偉くて地方を見下している感じが漂う言葉です。地方を救ってあげなくちゃいけないという意味合いを言葉から感じてしまうんです。
でも、国と地方という関係を見ると、どちらにもなにかしらの問題がある気がします。地方の人は、ことあるごとに国は何もしてくれないと言う。「あれしてくれない」「これしてくれない」という人がすごく多いんです。
私の親はある時期から農業を始めました。以前、漁師の方に初めてお会いした際、親近感を持ってもらおうと「私も農家出身なんです」と言ったことがあります。そうしたら、「農家と漁師は全然違う。あんたらは国に守ってもらってるじゃないか」と言われたんです。そこには「してもらう」階級が存在していました。
経営者の集まりで似たような話を聞いたことがあります。その会社では社長が制度を作って、お昼ご飯の時間帯に社員にお弁当を出すようにしたんだそうです。最初は社員の人たちはとても喜んでくれたとのこと。でも、しばらくたつと「社長、自分たちでお金を少し出すからもっとおいしいお弁当が食べたい」と言われるようになりました。その社長はすごくショックを受けたと言っていました。
国が進める地方創生はまさにこれで、地方が本来持たなければならない自立の精神を失わせています。いつの間にか「してもらう体質」を生み出してしまっています。
でも、一概に国だけが悪いわけでもない。観光庁の委員を務めていたときに今の施策以外に最適な方法を考えても、なかなかいい答えが見つかりませんでした。国と地方、お互いが依存関係になっています。これが良くないのではないかという気がします。
「いい人」がリーダーでは変化に対応できない
では、今後、どうしていくべきでしょうか。同じ目線に立ち、一緒に考えていく必要があります。国と地方が対立する必要もない。国は地方に自立してほしいと思っているし、地方も国がお金さえくれれば頑張ると言ってるわけですから。
そこで重要になるのが自治体の首長によるリーダーシップなのですが、これまた私感で恐縮ですが地方に行けば行くほど「いい人」がトップになっています。コロナ禍で様々な環境が変化していく中で、これから地方は確実に「捨てる時代」になる。嫌われるくらいの行動力を持ったリーダーでないと、変化についていくのは難しいんです。
地方を手っ取り早く変えるには、トップを変えるのが一番早い。ということは、投票する側の意識が変わらなければならないんです。
トラストバンクではふるさと納税に関するセミナーを地方で開催しています。ここにはノウハウを知りたい自治体の職員が数多く集まります。このこと自体は非常にありがたいのですが、「寄付を集めて何をしたいのでしょうか?」と問いかけると「使うのは別の部署になりますのでよく分かりません」と返ってくるんです。
なぜ、ふるさと納税に取り組むのか、なぜ、自治体の職員をしているのか。根源的な問いに対してしっかりと答えられる人が思った以上に少ない。そして、こうした人たちも一票を持っているわけですね。自分が住む地域を将来、どうしていきたいのかを考えていない。
地方にいけばいくほど、自治体が与える影響は非常に大きいのです。そこの意識を持たなければ地方は変わりません。地方総合戦略を考えるに当たって、東京のコンサルティング企業に発注するケースが多発しました。よく見ると、自治体が異なるのにアドバイスの内容はほぼ同じという、コピペ(コピー&ペースト)のケースも散見されました。
コンサルティング企業にお願いすること自体、悪いことではありません。自分たちには思いつかないアドバイスをもらうことはいいのですが、本当に考えなければならない主体はあくまでも自分たちであるはず。この考えがあまりにも足りないように思えるんです。
寄付金を募って未来の何に投資するのか。国だってお金がありません。これを地方は自分たちの頭で考えていく必要があります。
長野県の小諸市長と話をしていたとき、隣の隣に位置する軽井沢町はすごいという話になりました。軽井沢はご存じの通り、税収が潤っている自治体です。なぜ同じエリアにありながらここまで違うのでしょうか。
100年前の軽井沢の写真を見せてもらいました。草原があるだけでそこには何もありませんでした。100年前の人たちは木を植えました。森作りから始めたわけです。そしてどのような生態系にするかも考慮に入れていました。今でこそ素晴らしい空気や気候、多様な鳥のさえずりが聞こえる軽井沢ですが、長期的なビジョンで街が作られてきたわけです。
ハコモノ行政とは一般的に行政の無駄を揶揄(やゆ)するときなどに使われる言葉です。でも、長期的な視座に立ち、逆算して作られているものであれば一律に非難されるものでもないと思います。そのくらいの長期的な視点に立って、街づくりをしていかなければならない。
そしてこの先を考えたとき、人口減は確定しています。財源が細っていくことも分かっています。いつまでもこのままを維持することはできません。そして、そのことは自治体の職員は分かっています。
住民だけが分かっていないのです。「ポツンと一軒家」なんてものは、行政のコストから見たらあり得ないのです。電気、ガス、水道、道路などのインフラを引くのにどれだけのコストがかかっているのか。今、住んでいる人の生活を守ることは大事ですが、数十年後には立ちゆかなくなる。称賛するのは結構ですが、みんなの税金が投じられているのです。
分かっているのであれば、自治体の職員は住民と話し合えばいい。今の自治体を見ていると、分かっている人の行動とは思えません。そして何より決断できるリーダーを据えなければ。
絶景ポイントに必ずある駐車場と“ダサい”トイレ
地方をどうやって自立可能にしていくか。キーワードは「ローテク」です。ハイテクでは東京にはかないませんが、地方にはローテクを持つ企業が数多く存在しています。こうしたローテクをどのように産業とつなげていくかが重要になるでしょう。
何もないところには産業を作り出せばいいんです。仙台市の「牛タン」も、北海道の「スープカレー」も、今でこそ有名ですがそこまでの歴史はありません。仙台にはたまたま牛タンの輸入に強い商社がいて、供給できる体制があったと聞いています。
では、こうした名物を作り出せない自治体は何が足りていないのでしょうか。
「官民連携」という言葉はうまくいかない“匂い”しかしない言葉ですが、それでも成功している自治体は民間の力に行政の力がうまく合わさっているのです。本来、飲食店同士は競争相手。みんなで一帯を盛り上げていこうというときに、行政の力は不可欠です。
札幌といえば「味噌ラーメン」。それぞれのラーメン屋に個性はありながら、味噌ラーメンもメニューに加える。それがブランドを作り出していくんです。民間だけの力でできることも多いですが、やはり地域全体の連携において自治体の力も必要になります。こうした連携を進めていかなければならない。
地方を訪れるたびに素晴らしい絶景に出合います。ふるさとチョイスを運営していると、富裕層に出会う機会が多いんですね。そのときにその絶景の話をすると、皆、口をそろえて「行ってみたい!」と言うんです。そして、次に聞かれるのは必ず「宿泊施設はありますか?」という質問。
ないんですよね。だいたいの絶景ポイントはコンクリートが敷き詰められ、駐車場とダサいトイレが定番。結局、クルマで訪れて絶景を見て、そして帰って行く。素晴らしい観光資源があるにもかかわらず、お金が落ちないんです。
宿泊は最も地域にお金を落とします。宿泊があって、初めて食でもお金が落ちていく。例えば、こうした絶景ポイントの土地を自治体が民間に貸し出し、民間がそこに高級民泊を建てれば、富裕層は必ず宿泊に来ますよ。実際の運営を地元の人たちが担えば雇用も増えるし、自治体は税収も増える。地方はまだまだ産業を作り出せます。
2012年にトラストバンクを起業した私ですが、そもそも私は起業とはほど遠いところにいました。「それなりの人生」を歩めればいいだろうと思っていたんです。次回は、そんな私の過去についてお話ししたいと思います。
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