プロ挑戦を後押しした母の一言

 ここで、話を私自身のキャリアに戻しましょう。現役時代、ケガなどに苦しみ一度引退を決めたものの、球団に引き留めてもらってからは選手兼コーチとしてグラウンドに立っていました。そして、ついに2009年に40歳で現役を引退。翌年から指導者としての道を本格的に歩き始めました。長年お世話になったカープの指導者となることは、私にとって実に自然な流れだったのです。

 それに対して、プロの世界に足を踏み入れることを決めた時は迷いも大きかったことを覚えています。もちろん、子どもの頃から野球に熱中していた私は、プロ野球選手になりたいと強く願ってはいました。その思いが通じて1986年のドラフト会議でカープから3位指名を受けた時、私は佐賀の県立高校の3年生でした。これで夢がかなうんだといううれしい気持ちはもちろんありましたが、一方で、甲子園にも出場したことのない自分がはたして通用するのだろうかという漠然とした不安も抱えていました。

 それをぬぐい去ったのは母でした。「ダメだったら、戻ってきて継げばいい」。私にそう言ったのです。継ぐとは、私の生家が営んでいる鮮魚卸のことです。その母の一言で、私は憧れの世界で挑戦をすると決めることができました。もしもプロ野球選手として芽が出なくても、戻れる場所、受け入れてもらえる場所があるという安心感が、私の背中を押したのです。

(写真:的野 弘路)
(写真:的野 弘路)

野球漬けだったから外の世界を学びたい

 今、私にとって戻れる場所は野球です。実際に、野球に関する仕事はいくつかさせてもらっていますし、毎日を野球で埋めつくすこともできるでしょう。それもいい人生だと思います。

 しかし、18歳でプロ野球選手となり、コーチ、監督としての機会ももらい、50歳でユニホームを脱ぐまで野球漬けだった私が、これからの人生も野球漬けでなければならないとも思えません。むしろ私としては、これからのセカンドキャリアとして、野球の外に広がる世界についても学んでいきたいと思っています。ゼロからの勉強にはなりますが、途中で投げ出さない精神力は野球で培ってきたつもりです。

 野球の外から学ぶことは数多くあります。

 2017年1月、私は広島交響楽団のコンサートの観客席にいました。カープの25年ぶりの優勝を記念して、カープの応援歌である『それ行けカープ』などを演奏する会にお招きいただいたのです。体を動かすことは得意ですが、ゆっくりと音楽を聴く経験はほとんど初めてでした。しかし、その演奏、コーラスには感動しました。そこでご縁を得た広島交響楽団終身名誉指揮者の秋山和慶さんにはわざわざ時間を取っていただいて、リーダーとして必要なことをお話しいただいたこともあり、大変、刺激を受けました。

 実は、オーケストラの指揮者もプロ野球の監督も、行うべきことは似ています。個人個人がプロの集団を率いて、全体としてのパフォーマンスを引き上げ、お客さんに満足を提供する。オーケストラの場合は結果が素晴らしい演奏になるのですが、私たちの場合は勝利であり、そして優勝となるわけです。各プレーヤーの調子の見極め方や、全体としての方向性の描き方、その落とし込みなど共感すべき点は多かったのです。それは、私の座右の銘である“出会いに感謝”を実感するひとときでした。

 では経営の分野はどうでしょうか? 自分を育ててくれた両親は、まさに中小企業の経営者でした。朝早くから夜遅くまで働きづめで、「いつも家にいない」のが当たり前でした。しかし、今考えてみると、こうした経営者としての苦労がなければ今日の自分もなかったはずです。もしプロ野球の世界で通用していなかったら、自分は母の言葉に従って故郷に帰り経営者として十分に仕事ができていたのでしょうか?

 今回の連載では、実績を残した経営者やリーダーに直接お目にかかり、その理念や実践力、時には失敗から立ち直る方法などを聞き、経営、そして人としての生き方を学んでいきたいと考えています。ある分野や業界において1位、日本でトップ、世界ナンバーワンなどの企業を率いる方や、自分で創業し会社を大きく育て上げた方は、きっと独自の考え方をお持ちのはずです。そこには、自分自身にとっても新しい発見があると信じています。この連載では、さまざまな方に出会い、感謝しながら、私が新しい経験をするさまを報告していきます。

(構成:片瀬京子)

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この記事はシリーズ「緒方孝市の負けから学ぶ経営論」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。