健康寿命の延伸や年金制度に対する不安から、65歳以降も働き続ける人が増えている。こうした社会情勢の変化に応じて、税制や年金、医療といった社会保障のあり方も変えていかなければならない。働いて収入を得るほどもらえる年金が減る在職老齢年金がその典型例だ。働きに応じて給付を抑制するのではなく、相応の税負担を求める形に変えていくべきだと話すのは、一橋大学の佐藤主光教授だ。だがそれには、手厚い優遇を受けている年金や退職金の税制に、メスを入れていく必要がある。

現在、公的年金だけで生活する65歳以上の高齢者世帯は48%ですが、今後は健康寿命の延伸や年金制度に対する不安から、年金をもらいながら働く人はますます増えそうです。しかし、現在の年金制度はたくさん働くともらえるはずの厚生年金が減る仕組みになっています。
佐藤主光・一橋大学教授(以下、佐藤氏):在職老齢年金の扱いを今後どうするかは、大きな課題であると思います。現在、65歳以上は年金と給与の総額が月47万円を超えると、超過分の一部または全額が支給停止となります。現在の65~69歳の厚生年金受給額の平均は月額15万円。47万円を超えるには、毎月の給与と賞与を合わせて30万円前後の収入が必要ですから、比較的収入の高い層しか47万円は超えないと思います。ですが今後70歳まで働くのが当たり前になれば、年金と合わせて47万円以上稼ぐのは普通になってくるでしょう。

1969年秋田県生まれ。92年一橋大学経済学部卒業。98年カナダクイーンズ大学博士号(経済学)取得、99年一橋大学に着任、現在に至る。専門は財政学・税制、地方財政、社会保障。主な著書に「地方税改革の経済学」(エコノミスト賞)など。2019年度日本経済学会石川賞受賞。政府税制調査会委員、財政制度等審議会委員などを歴任する。
現役時代、きちんと保険料を払ってきた見返りとしてもらえるはずの年金が「たくさん働いた」という理由でペナルティーを受ける。これは本来、おかしな話です。これから労働力が減っていくのに、稼ぐ力のある人たちの就労をセーブしてしまう要因にもなりかねない。もらえるはずの年金を減額するのではなく、年金はきちんと満額給付し、代わりに収入に応じて税負担を求めていくのが筋でしょう。
年金が減額されない仕組みにする場合、年金に対する税制上の優遇措置を見直していかなければならないと思います。18年度税制改正で、20年分から公的年金等控除が縮小されたり、控除額に上限が設けられたりしましたが、相変わらず給与所得控除と比べても控除の内容が手厚い。年金以外の所得が高くても、年金だけで生活している人と同じ額の控除を受けられるのは、格差の要因にもなってきます。「金持ち優遇」と言われても致し方ないでしょう。
また政府の税制調査会でもよく話題に上るのですが、働きながら年金をもらう人は、公的年金等控除と給与所得控除、両方の恩恵を受けていて手厚くなってしまっている。これを統合し、一本化していくといったことも今後必要です。働いている高齢者は、給与所得控除という形で控除はもらえるけど、公的年金等控除はなくす。こうした改革を実行できれば、金持ち優遇といった批判にも応えられます。年金給付についてペナルティーを科さなくても、税の形で回収しているのですから。
なぜ、税負担を増やすのではなく年金給付を抑制する制度設計になってしまっているのですか。
佐藤氏:これは財政上の都合によるものです。在職老齢年金で給付を抑制できれば、年金の積立金を崩すスピードが抑えられます。税収を一部、年金基金に回す仕組みを作ればいいはずなのですが、それをやると、年金財政における国の負担割合が増えているように見えるのが、財務省的には嫌なのでしょう。高齢者から取る所得税を目的税化して年金基金に回すとか、いくつか方法はあると思うのですが。
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