2021年は新型コロナウイルスの感染拡大第3波が収まらないままに明けた。人類が直面した未曾有の危機は、企業を存在意義という根幹から揺るがしている。「密」を避けるためのテレワークを初めとした新たな働き方は、働き手に自立の道を開いた。企業側も「個」を中心とした新たな会社の形を作りあげる必要に迫られる。
もともとIT(情報技術)などテクノロジーの進化やグローバル競争の激化は企業の在り方を変え始めていた。コロナ禍は、そこに痛撃を与え、企業の大変革を一気に加速させ始めた。
1602年に、株式会社の原型とされる蘭東インド会社が出来て400年余り。企業と個人の新たな進化の道はどこへ向かうのか。コロナ禍を機に覚醒した人と組織が変える企業の未来を考える。
平井一夫前社長(左)や吉田憲一郎社長のもとで稼ぐ力を取り戻したソニー。人事でも構造改革を進めている(写真=共同通信)
「この業界は年々環境が大きく変わるから求められる仕事も変化する。成果に対する評価がしっかり行われるのはありがたかった」
2019年春にソニーに入社し、AV機器のソフト開発に携わる山岡遥香さん(仮名)は、入社して間もない頃の“感激”を今も思い出すという。実は山岡さんは「新入社員の初任給は平等」という日本企業の原則をソニーが大企業で初めて崩した最初の年の入社者だ。
ソニーはこの年、仕事の役割や重要度に応じて定めている職務の等級であるジョブグレードに新入社員を位置づけ始めた。
入社後3カ月の試用期間を経て、山岡さんに付与されたのは一般職・技術職クラスで9段階あるジョブグレードのうち、下から3番目の「I3」。数年先輩と同じ現場担当者レベルに当たる。同期の中には付与を見送られた人も少なくなかったから高い評価である。大学院時代にプログラミング言語を複数習得しソフト開発のスキルを身につけていたことに加え、入社後3カ月間の働きぶりが認められたようだ。
ただし、同期間の格差ははっきりする。
基本給に当たるベース給がI3になると増えることもあり、無等級の同期より年収換算で40万円程度多くなると見られるからだ。
ソニーがこうした制度を導入した狙いは、国内外で激しさを増す人材獲得競争に勝つためだ。新興企業の中には初任給に差を付け、高額を出すところも珍しくなくなったが、ソニー自身も「若者の意識と画一的な処遇が合わなくなっていると感じ始めた」(陰山雄平・人事企画部報酬グループ統括課長)という。ソニーブランドだけでは若者を引きつけられなくなっているのだ。
今、日本企業は社員との関係を作り直し始めている。長年続いた「大卒定期一括採用で長期にわたって処遇に大きな差をつけず、均質で求心力の高い社員を育てる」という日本型雇用システムの根幹の変化はその典型でもある。
「大卒定期一括採用」や「終身雇用」は日本企業の特徴だが、終身雇用は既に少しずつ崩れてきている。そこへ今度は新卒採用とその後の処遇にも変化が起き始めたといえるだろう。
ソニーは20年4月には、人工知能(AI)などで極めて高い技術を持つ人材には年収数千万円以上でも出すエクセプショナル・リサーチャー制度を導入し、既存の人事制度の枠を超え始めた。意識するのはGAFA(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル)など、世界の強豪ITとの人材獲得競争だ。
「熱意あり」は世界最低レベル
日本企業にとっての社員への期待は明らかに変わりつつある。重要なのは企業にとって必要な役割を果たせるかどうかだ。ソニーは15年にジョブグレード制を導入して賃金の年功的要素を完全になくし、仕事の役割や重さに応じて賃金を支払う形に切り替えた。
同時に全社員の4割に達していた管理職を半減し、部下のないスタッフ部課長などをなくすという荒療治にも踏み込んだ。裏にあったのは08~14年度の最終赤字が累計約1兆円に達するほどの業績不振だった。エレクトロニクス事業の立て直しや画像センサーなどデバイス事業、ゲームや映画などの成長領域の強化といった事業構造改革と並行して、企業と個人の関係の抜本的な作り直しが競争力再構築に欠かせなくなったのである。
だが、日本企業がその道を進むのは容易ではない。米調査会社ギャラップが17年に世界139カ国のビジネスマンを対象に実施した従業員のエンゲージメント調査は衝撃的な内容だった。日本は仕事に対して「熱意あふれる社員」の比率がわずか6%しかないことが分かったのだ。米国の33%よりも大幅に低く、全体で132位と最下位クラスだった。
一方で「やる気のない社員」の比率は約71%、「無気力な社員」は23%に上った。かつて「会社人間」「モーレツサラリーマン」などと呼ばれた日本の働き手の熱量は大幅に下がっていたのである。
約400年に及ぶ株式会社の歴史の中で長期的に続いてきたのは、一言でいえば、「零細・分散」「流動」から「固定・安定」「集中」への動きだっただろう。かつて企業の組織は分散して一部大商人を除いて資本は零細でもあり、雇用は流動的だった。次第にそれは本社や社員を固定・安定、集中化させる方向に動き、第2次世界大戦後、本格化して効率化と生産性向上を図ってきた。今、動いているのは、戦後長く続いてきたその経営モデルの大きな転換といえるものだ。
ソニーは企業が期待する役割を明確に示し、処遇と連動させることで社員に自立を促したが、新たな動きは業界を問わず次第に広がり始めている。
「支店長は山も頂上ではない」
「もう支店長だけが山の頂上ではない」。りそなホールディングスは21年度から従来の人事制度を抜本的に改革する。その目玉が、19の専門的職種コースを設定し、行員に選択させるというものだ。銀行の文化の中では、行員の最終目標は支店長とされてきた。そのために融資、中小企業の経営支援、金融商品販売など様々な業務を幅広く経験していく。銀行業務のゼネラリストこそ理想像だったが、それを一変する。
データサイエンティスト、DX(デジタルトランスフォーメーション)スペシャリスト、ITスペシャリスト……。従来型の渉外・融資に外為、経営コンサルタントなどと並んで、全く新しいコースが設定された。
狙いは「例えばDXなら銀行業務そのものを変えて顧客に新たな価値を提供する人材をつくる」(新屋和代・執行役人材サービス部担当)こと。多様な分野で専門人材を増やし、銀行業の在り方自体を変えていこうというわけだ。
各コースには最大19のプロフェッショナルグレードと9のポストグレードを設定。プログレードでは知識やスキル、業務などで段階の職務を明確にし、それを目指すようにすることで専門性の高い人材を養成していくという。
そのためにこれまで年間採用者数のうち5%程度しかいなかった「中途など」を大幅に増やす。人材の新卒中心主義を変えていくというわけだが、これ自体モノカルチャーの典型だった銀行に新たな変革を起こすことになる。
一見すると、こうした動きは危機感や競争の激化などから、企業側が主導して社員を動かす「上からの改革」のように感じられる。しかし、つぶさに見れば、ソニーが「若者の意識と画一的な処遇は合わなくなっている」(陰山統括課長)というように、個人の意識変化は大きい。キャリア形成や企業内での役割については自身の考え方を重視するというそれだ。
コロナ禍は個人と企業・組織との関係性を大きく変えつつある。企業にとって、個人の思いをくみ取る仕組みをどう作るかは経営の重要なカギになる。それは会社の号令一下で人が動くような長く続いた経営システムとは異なるものとなり、社員・従業員の再定義も必要になってくる。次回(1月6日公開予定)はヤフーが約100人の副業人材の受け入れを決めた背景と狙いについて、詳しく見ていく。
■変更履歴
掲載当初、「無等級の同期より年収換算で90万円程度多くなる」としていましたが、正しくは「無等級の同期より年収換算で40万円程度多くなる」でした。本文は修正済みです。
[2021/01/05 11:00]
この記事はシリーズ「会社員の未来 コロナが変えた組織と人の関係性」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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