KaizenPlatform代表取締役の須藤憲司氏の連載第4回目は、DX(デジタルトランスフォーメーション)による実例として、米国で先行するD2Cブランドを2つ見ていく。商材は1ドルのカミソリと、若者の心をつかんだ損害保険だ。
第2回でお話ししたように、今後はメーカーと消費者が直接つながり、マーケティングの構造変革が起きていきます。そこで注目されている在り方の一つが「D2C」です。
D2Cは「Direct to Consumer」の略で、メーカーやブランドが自主企画した商品を、既存流通は通さずに、自社EC(電子商取引)サイトなどで消費者へ直接販売する形態を指します。このD2Cの例として、最初に注目されたのは、米国の「ダラーシェイブクラブ」というカミソリブランドです。「月1ドルで定期的にカミソリが届くサブスクリプションサービス」というのが基本ですが、ブランド認知やビジネスの手法としても、ユニークな点が多くありました。
まず、ダラーシェイブクラブはCEO(最高経営責任者)のマイケル・デュビン氏が、既存のカミソリ業界を痛烈に批判する動画を公開するとともにSNS(交流サイト)やインターネットでバズを起こしながら広まっていきました。メーカーの実名も挙げながら「あなたの払った金の70%はスポーツ選手のスポンサー料に流れているんだ」と言ってみたり、「父親の世代は1枚刃や2枚刃でもハンサムにひげが剃(そ)れていただろう」と訴求してみたりと、挑発的な物言いで既存市場に切り込み、認知を得ました。
ダラーシェイブクラブに登録すると、定期配送日の5日前ほどに、ユーザーへ通知が届きます。「替え刃が余っているなら今月の配送はスキップしますか?」という配慮も見せつつ、「一緒にシェービングフォームもどうですか?」と他のPB(プライベートブランド)品の同こんを勧めてくるのです。
米国は土地柄、買い物が不便なところが多く、カミソリと一緒に生活必要品が届くなら利便性が高い。実際、ダラーシェイブクラブは、これらのPB品が売り上げの大きな部分を占めます。彼らはカミソリを毎月送ることで、要は顧客に物を送る権利を得ているわけです。スーパーマーケットで卵の特売を行い、合わせ買いを狙う構図に似ています。
ダラーシェイブクラブは2016年の会員数が320万人ですから、毎月1ドルのカミソリの替え刃を販売するだけなら売り上げは40億円に満たない程度です。ところが、全体の売り上げはPB品などの掛け合わせで、創業わずか4年で約250億円に達しました。そして、英蘭ユニリーバに約1000億円で買収されました。D2Cとサブスクリプションが注目を集めた大きな事例の一つになったのです。
もう一つの事例として、「Lemonade(レモネード)」という損害保険のスタートアップ企業があります。日本でも賃貸契約をするときには必ず加入するものですが、その多くは不動産会社や大家が指定した保険会社で、選択の余地がないことがほとんど。米国も加入自体は同様ですが、借り手側に選択権があります。
そこで、レモネードはテキストで自動応答してくれる「AIチャットボット」を活用し、スマホから2分で保険契約が完了する優れたUI(ユーザーインターフェース)を武器に、若者から支持を受けました。彼らはまず家財保険という領域に焦点を当て、仲介ではなく自社で保険商品を開発・直販する垂直統合モデルを採用しています。テクノロジーによる合理化の結果、提供価格も従来より安く済むのも人気です。
ビジネスモデルにも特徴があります。レモネードは支払った保険料のうち、取り分を25%固定にしており、未請求分の保険料は契約者が選択した非営利団体に寄付される仕組みにしています。手ごろな価格、契約の簡素化、透明性が顧客の支持を得ており、90%の契約者が「初めての保険契約」がレモネードだったというデータもあるほどです。加えて契約者の約70%が35歳未満となっています。こうした背景もあって、売り上げ規模としてはまだ大きくなくても市場からは非常に高い評価を受けています。
こうして、若者たちはレモネードを利用するようになったわけですが、彼らは今後のライフサイクルにおいて、ほかの保険を必要とする日が必ず来ます。ペットを飼えばペット保険が、家を買えば持ち家保険が必要となる。つまり、レモネードは複数の保険商品の契約を上積みで狙っていくことができるのです。
ここまで見てきてお分かりいただけるかと思いますが、ダラーシェイブクラブもレモネードも、「店頭」や「リアル」を必要としていません。まさにデジタル上の顧客接点によって、店頭やリアルから消費行動が消えた例です。いずれもゼロサム市場で、テレビ広告などに依存していますから、連載第2回でも話した「店頭から消費が消える」と「D2Cスタートアップの6つの投資条件」にも確かに当てはまります。
さらに、顧客とデジタル上で直接的につながり続ける企業は、MD(マーチャンダイジング)、広告や販促、CRM(顧客情報管理)においても圧倒的優位を保つことができます。連載第2回で見たように、データによる機械学習やユーザー体験の向上によって、次なる発展も担いやすい。この関係性を、従来型のビジネスで崩そうとするのは難しく、いかに脅威となるかが想像できるのではないでしょうか。
合わないはずの採算が合ってしまう日本の特殊性
逆に言うと、日本でダラーシェイブクラブのような存在が定着しないのは、店頭での消費がそれだけ効いているということでもあります。日本のスーパーやコンビニの利便性は高く、顧客体験が優れています。米国のスーパーに一度でも行けば、その不便さを感じるでしょう。立地が生活圏から離れており、とにかく広いですから。
日本は特殊な国です。テレビ、コンビニ、チラシという3つの存在が大きいためです。米国はケーブルテレビ文化で膨大なチャンネル数があります。日本の場合はチャンネル数は限られており、これだけで人口の浸透度でいえば9割以上を占めてしまいます。
そして、コンビニという半径600メートルの商圏を相手にするビジネスが成立して、銀行のATMまで置かれている。さらに、古紙品質が良く紙の値段が非常に安価なため、チラシというツールがいまだに効果を発揮しています。他の国ではけっして採算が合わないはずなのに、日本では採算が合ってしまいます。
これらは、そもそも日本人が「狭いところに密集して暮らす」という文化を持っているためであって、すでに都市部では街中がコンパクトで効率的だからだと言えます。つまり、米国や中国のDX事例をそのまま導入するのは、あまりにも環境が違いすぎるため難しいのです。
日本は「日本型DX」を目指していくしかないというのが、私の考えです。その方法について、次回でお話しします。
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