2008年のリーマン・ショック後に世界経済が落ち込んだ余波で、ファナックは業績が悪化した。しかし経済が底から立ち直る波の切っ先を捉えてファナックは2011年3月期に垂直立ち上げに成功した。V字回復を実現できたのはなぜか。

稲葉清右衛門氏は2020年10月2日に逝去した。カリスマなき後の経営が問われる(写真:中西昭)

 当時、ファナック経営陣はピンチに陥っていた。ロボットを増産しようにもサプライヤーからの調達が追いつかなければ難しい。実際、サプライヤーは部品の生産量を落とし、在庫も絞っていたため、うまく進みそうになかった。

 部品調達が非常に苦しい――。そこで動いたのが、ファナック創業者である稲葉清右衛門氏だった。1972年に富士通から独立してNC(数値制御)装置、産業用ロボットの世界有数の企業にファナックを育て上げた。強烈なリーダーシップもあって製造業では誰もが一目を置くカリスマ経営者である。

 すでに清右衛門氏は名誉会長となり息子の稲葉善治氏が03年から社長を務めていたが、会社の命運を左右するここぞという時には、問題解決のため衰えない豪腕を振るった。10年当時、清右衛門氏は現役経営陣から「調達が大変です」との報告を聞いて、のっぴきならない事態と判断し、直談判のために大手サプライヤーの経営者のもとへと向かい、なんとか部品を確保しようと奔走した。

トップが動く重要性を知る

 こうした清右衛門氏の動きをつぶさに見ていたのが、現在のファナックを率いる山口賢治社長兼CEO(最高経営責任者)だ。山口氏は10年当時に工場を統括する役員を務め、サプライヤーが部品を減産して在庫も絞っていたため、どうにか部品を調達しようと全社を挙げて奔走したことを覚えている。

 ファナックの生産が止まれば、世界の製造業の生産計画が狂う。「最後はトップがどれだけ関わるかで状況が変わってくる」。山口氏は清右衛門氏の行動から経営トップが事態を好転させるために動く重要性を思い知ったという。

 世界的に新型コロナウイルスの感染広がりに歯止めがかからない中、山口氏は日々難しい経営判断を迫られている。一時はコロナ禍でサプライヤーの工場閉鎖や減産が相次ぎ、部品調達網が途切れそうな局面もあったが、リーマン時の清右衛門氏と同じように、山口氏もサプライヤー首脳に要請をして回った。

 山口氏がいま直面する大きな課題は、世界経済が不安定化し、顧客からの受注の変動が激しく、納期対応が難しくなっていることだ。生産能力をピークに合わせれば、減産を迫られた場合の負荷は高まる。

 もちろん部品を調達するサプライヤーとの関係にも影響が生じる。現状より期間を長めに、量は多めに手配をしてサプライヤーが生産計画を立てやすいようにする。一方で、サプライチェーン強化に向けた複数購買を増やしたり、代替が効かない重要な部品の在庫を増やしたりするなどの様々な対策を進めようとしている。

ファナックは山梨県にNC装置、ロボットの生産拠点を構える

「問題はトップまで共有しなければ駄目」

 山口氏がこうした判断を下せるのは、下からの情報がきっちり上まで上がってきているからだ。実は清右衛門氏から直接叱られたことがヒントになっている。新しい工場立ち上げが予定から遅れて、生産に穴を空けてしまった。清右衛門氏は山口氏に対し製品の供給責任を果たすことがいかに重要か厳しく叱った。

 「悪い情報ほどトップに上げろ」。清右衛門氏から山口氏がかけられた言葉だ。清右衛門氏はこう諭した。「問題が起きたとき会社のトップまで共有しなければ駄目だ。情報が上がってくればトップが最善の判断をして、会社の総力で対応することができる」

 清右衛門氏がリーマン・ショック後に行動力を発揮できたのも、判断のもととなる情報がきちんと伝わっていたからだ。山口氏だけでなくいまのファナックを支える幹部はみな、清右衛門氏に「情報をきちんと上げているか。会社の総力を挙げてやれているのか」と口を酸っぱくして言われた経験があるという。

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