正極材、負極材などの電池の主要部材で、日本の材料メーカーは以前はトップシェアを誇っていた。ただ、直近では中国や韓国での電池生産が増えたこともあり、これまで強固だったサプライチェーンにも異変が見え始めている。本連載の初回、「『電池の父』が語る、アップルEVの衝撃と電池の行く末」で、吉野彰・旭化成名誉フェローは「材料については日本の優位性はまだある」と語った。日本の電池産業は、液晶や半導体と同じ轍(てつ)を踏むことはないのか。

 「強みを生かす技術力に重きを置く。それが我々の選んだ道です」。三菱ケミカルで電池事業を統括する土山正明氏はこう語る。

 三菱ケミカルは2020年10月、リチウムイオン電池の主要材料である電解液事業について、ライバルの宇部興産と統合した。両者は先行して中国事業の統合を進めてきたが、今回、新たに共同出資会社を設立。日本での生産・販売も統合し、中国事業も新会社の傘下に置き知的財産の運用も一体化する。

三菱ケミカルは競合の宇部興産と電解液での事業統合を決めた

 リチウムイオン電池は主に、正極材、負極材、セパレーター、電解液の4つの材料から成る。電解液は正極と負極から発生するイオンを行き来させ、電気を通すための役割を果たし、電解液に含まれる添加剤の「レシピ」が電池の性能を左右するともいわれる。

 三菱ケミカルは出力や容量、宇部興産は耐久性に関わる特許を持ち、特許数は数百件を超える。「コスト競争力が全てになっているが、まだ技術開発の余地はある。日本は海外勢より5年くらい先行している」と土山氏。土山氏がかつて担当していたのは液晶材料。「液晶よりも電池の方が中韓勢に追い付かれるスピードは遅い。だからこそ、やれるときに強いパテントをおさえる」。電解液の市場シェアでは三菱ケミカルと宇部興産など日本勢が約2割。中国勢は6割ともされる。だが、知財の戦略的な統合で、競合から逃げ切る算段だ。

シェアトップから陥落

 日本のお家芸──。過去、そういわれた産業分野は少なくない。半導体に液晶テレビ、太陽電池など。一時はシェア90%以上を誇っていたものもある。

 現在主流のリチウムイオン電池は旭化成の吉野彰名誉フェローらが材料の構造を確立し、1991年にソニーが実用化。その後、携帯電話やデジタルカメラなどの製品に使われるようになり、市場が本格的に立ち上がった。2000年代初頭には約9割のシェアを持っており、それに連なるように、電池材料も高いシェアを保持していた。

 ただ、その状況は揺れている。半導体や液晶と同じように「規模の勝負」では中韓勢に劣勢で、19年にはセパレーター分野で首位だった旭化成のシェアを中国企業が抜いた。

 勝つカギとなるのは何か。吉野氏に言わせれば「すり合わせ技術が生きる自動車に優位性はある」という。では、「すり合わせ」とはいったい何なのだろうか。

 正極材で世界シェアのトップの住友金属鉱山。トヨタ自動車のハイブリッド車(HV)「プリウス」向けなど車載用の電池材料を1990年代から提供し、鉱山から製錬技術、正極材の製造技術まで一貫したサプライチェーンを持つのが特徴だ。EV1台に搭載する電池の使用量は100キロ、スマホ1万台分の電池が必要になるともいわれる。同社の電池材料事業本部の阿部功執行役員は「車載向けでは大量の電池を安定して作り続ける力が求められる。この精度が欠かせない」という。

住友金属鉱山は電池の材料となるニッケル鉱山の開発を手がけ、材料の製造技術も持つ

 例えば正極材の材料の工程では、材料をペースト状にし、アルミ箔に塗って乾燥させる。このペーストの練りやすさや、何時間置いていても粘り気が変わらないなど、様々な要件が求められる。阿部氏は「電池材料の難しさは同じ品質のものを安定してつくること。定められた規格の中で特性を一定に保たなければならない」と話す。ある性能が突出すると、代わりに劣化が激しい因子が見つかるなどの現象が起きやすい。「材料による相性も見ながら調整していく。これがいわゆるすり合わせになるのではないか」(阿部氏)。

 液晶と電池素材の両方を手がける化学メーカー幹部はこう語る。「ある液晶メーカーはサプライヤーに投資を丸投げし、自分が苦しくなったら韓国に客先を探しにいった。この反省から、電池メーカーと我々のような材料メーカーはすり合わせをはじめ、社内にノウハウをいかに残すかに心を砕いている」

 そのノウハウを市場で、製品として見せることも欠かせない。液晶はテレビ以外に、ビルやスマートグラスにも広がると期待されたが、それらの市場はテレビほど成熟しなかった。一方の電池はスマートフォンといったIT機器から自動車へ成長市場が広がり、さらにその次には脱炭素に向けた領域が見えている。

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