オミクロン型によりさらなる人手不足が懸念材料に

 そもそも英国政府はワクチンを武器にコロナウイルスとの共生に舵(かじ)を切り、経済活動再開に慎重な欧州とは好対照だった。その背景には保守党議員の多くが、市民の自由を制限することに非常に否定的という事情もある。そのためオミクロン型の出現以降、これまで医療機関からの制限措置の再導入要請にすら、強く抵抗してきた政府が迅速な措置強化の対応をしたことは意外であった。

 一方、保守党議員の多くは、(制限措置の再導入で)濃厚接触者などの増加により自主隔離者が急増し、サプライチェーン(供給網)の混乱を拡大し、人手不足を悪化させ、さらなるインフレを誘発するだけだと、警鐘を鳴らしていた。とにかく筆者が勤務する金融街シティでも人手不足が顕在化しており、コロナ危機前と同じ給与水準では人を確保することが難しい状況が続いている。

 特に7〜9月期で若年層(16〜24歳)の失業者数は過去最低となり、経済活動再開に伴う人手不足を反映している。英国では欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)の影響もあり、サプライチェーンの混乱は2022年央まで続くとみられているため、議会でも制限措置の厳格化を避ける勢力が急拡大していた。そのため12月14日の議会採決では、ワクチン接種完了者はオミクロン型の感染が疑われる人との接触があっても自主隔離不要とする変更が全会一致で承認された。国会議員自らが、コロナとの共生を図ろうとする、現在の英国の姿をいかにも表した法案の可決といえるだろう。

 またコロナウイルスとの共生に慣れてきた英国では、万が一ロックダウン(都市封鎖)となっても経済への打撃は小さいとの見通しがある。ロックダウン期間中に積み上げた貯蓄を利用した家計支出が堅調で需要が落ちず、オミクロン型でさらに供給制約が悪化すれば、インフレが加速する可能性があることは明らかである。

 特に昨今、英米を中心にフィリップス曲線が失業率とインフレが反比例する従来の傾向を示している。世界的に物価上昇が緩和したとしても、英国の雇用市場が非常に堅調なため、失業率がさらに低下した場合、将来的に著しいインフレリスクを呈する可能性がある。一方で、2021年央以降における英国経済の回復の鈍さが目立っていることも事実である。

 コロナ危機とブレグジットという双子の問題にさらされたものの、年央までは急速な回復基調にあった英国経済ではあるが、いまだコロナ危機前の国内総生産(GDP)水準には戻っていない上、回復はセクターや地域によって不均衡なものとなっている。足元の不振の一因としては、サプライチェーンの混乱などが響き、製造業への打撃が大きいためである。特に世界的な半導体不足の影響や、部品の納期遅延により、英国自動車業界への打撃は深刻である。

 12月16日の金融政策委員会(MPC)では、14日発表の労働市場データの好調さを受け、イングランド銀行(BOE)は予想外の利上げに転じた。ただ足許のオミクロン型の感染者急増が景気を低迷させ、金融刺激策を必要とするか、それとも、さらに急激なインフレ率の上昇を加速させ、金融政策の引き締めが必要になるのか、見極めるための材料がそろっていない現時点では、BOEは来年2月のMPCまで難しい選択を迫られることになる。

厳格な制限措置導入を巡り保守党内での造反も多数

 オミクロン型による感染拡大は12月後半から新年にかけて英国でピークを迎えるとみられている(現在のペースで感染が続けば、年末から年明けまでに100万人超がオミクロン型に感染するとの予想がある)。是が非でもロックダウンを避けたい政府だが、今後、感染者が急増し、クリスマスにかけてパニックにかられた政府が「ロックダウン」とは呼ばなくとも、実質的にそれに近い措置を導入する可能性は否定できない。

 12月10日午後に召集されたコブラ(COBRA)会議では、ゴーブ政府間関係担当相が議長を務め、オミクロン型に関する情報が共有され、行動制限措置は引き続き見直していくことが確認された。さらに12月12日には英国の首席医療官およびNHSイングランドの医療トップが連名で声明を発表し、コロナウイルスの警戒レベルを3から4に引き上げた。英国の警戒レベルが4だったのは、今年の2月25日から5月10日が最後である。その期間中、他の世帯の人と会えるのは屋外、しかも人数も限られていた(他の世帯の人とはハグすら許容されなかった)。この引き上げはさらなる制限措置導入の契機になり得るとみられている。オミクロン型による入院患者が発生し始めており、今後急速に拡大する可能性を懸念したものである。

 またプランBよりも厳格な措置、すなわちプランCの必要性も指摘されているが、既にプランBに関する法案への造反を示唆する与党議員が多く出ていたため、ゴーブ担当相はプランCについての言及を避けた。

 12月14日にはプランBを巡り一連の議会採決が行われ、相当数の造反が出たが、労働党が全面的な支持に回ったため、全て可決された。これでようやく、欧州大陸で既に導入されていたワクチンパスポートが、一部ホスピタリティー施設入場にあたり正式に英国でも導入されたものの、下院採決では導入を巡り100人近く(98人)の保守党議員が政府方針に造反した。造反した議員は反ワクチン派というわけではなく、むしろワクチン推奨派で、マスク反対派はごくわずかである。プランBが新年にプランCを導入する際の踏み台と受け止められているため、反対していたとの見方がある。

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