英国がワクチン接種を急ぐ理由

 英国政府がここまで接種を急いだのには、少しでも早く経済活動と感染症の拡大防止を両立しなければならない、切実な事情がある。11月25日、スナク財務相は、歳出見直しの議会答弁の際、2020年の英国の実質GDP成長率がマイナス11.3%と、(英国中銀によると、大厳冬による飢餓が起きた1709年のマイナス13.4%以来)過去300年で最悪となる見通しを発表した。

 300年以上も前の経済成長率の統計値が存在するのか、とのツッコミは別として、その縮小規模は1919年の第1次世界大戦直後(マイナス7.8%)や、1921年のアイルランド独立戦争(マイナス9.7%)、1945年の第2次世界大戦(マイナス4.6%)など、戦時下よりも大きいことから、いかに今回のコロナ危機の影響が甚大であるかが分かる。

 また(コロナ危機対応を受け)英国の財政赤字は、2020会計年度の最初の5カ月で2212億ポンド近くにまで増え、前年同期比で約4倍となっている。英国予算責任局(OBR)の11月の見通しでは2020会計年度の財政赤字は3935億ポンドとなり、過去最大を記録する見通しとなっている。経済活動を少しでも早く再開させないと、失業者が急増する可能性が指摘されており、まさに英国は待ったなしの状況といえる。

ワクチンに対する抵抗感は上昇中

 ワクチン接種の意欲について5カ国(英国、米国、フランス、ドイツ、イタリア)1000人を対象として、調査会社カンターが実施した世論調査(2020年6月、11月の2回実施)によると、接種に迷いを示す人が増加していることが浮き彫りになっている。

 英国では「絶対に接種する」との回答が6月時点では50%であったものの、11月時点では43%にまで低下している。その他の米国(同47%→同30%)、ドイツ(同39%→同35%)、フランス(同29%→同21%)、イタリア(同43%→同38%)のいずれも(過半数に達せず)6月時点に比べて低下している。ワクチン接種に対するちゅうちょが増えた背景には、通常10年かかるワクチン開発が、1年にも満たないうちに完成したことで、有効性よりも長期的な安全性への懸念がある。

 また、いざ接種開始となると土壇場で“やっぱり他の人が接種して、様子をみてから”という声が多いという。ただしパンデミックの抑制には、多くの国民によるワクチン接種の協力が必要となる。英国政府は著名人によるキャンペーンの実施も検討しているようだが、最も影響力があり、かつ接種の優先順位が高いエリザベス女王(94歳)とフィリップ王配(99歳)の接種を生放送してほしいというアイデアまであるという(ただ現時点ではロイヤルファミリーはワクチン接種の有無を公表しない方針)。

 現時点ではワクチンの供給が需要に追いつくのが2021年後半といわれており、大規模接種プログラムが本当に年明け早々に実施可能かは未知数と言わざるを得ない。ただし、科学者たちの英知の結晶であるワクチンの進歩に貢献するためにも、英国民の積極的な接種が求められていることは確かだ。

この記事はシリーズ「菅野泰夫のズームイン・ズームアウト欧州経済」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。