英国各地でガソリンを求め、渋滞が起きている(写真:ロイター/アフロ)
英国各地でガソリンを求め、渋滞が起きている(写真:ロイター/アフロ)

 日本でも報道されているのでご存じの読者もいるかもしれないが、最近、英国ではガソリンが全く買えない状況が続いている。ロンドン郊外にある筆者自宅近所のガソリンスタンドも軒並み休業となっている(ガソリンスタンド併設の小売り用品店自体は営業しているが、燃料ポンプは全て閉鎖)。

 たまに燃料ポンプを開けているスタンドがあると、交流サイト(SNS)で拡散されるのか、瞬く間に車が殺到し、すぐに売り切れてしまう。9月中旬までは何もなかったところに、降って湧いたように訪れたガソリン不足。給油ポンプを巡って殴り合いのけんかになったり、殺気立ってナイフを突きつけたりする人が出るなど物騒な事件も起こっている。

 英国は自然・景観保護の観点から開発規制が厳しく、ロンドン中心部は別としても、30kmも郊外に出れば、東京のように整備された公共交通網はまず望めない。野生のシカやキツネなどが道路を闊歩(かっぽ)する豊かな自然を楽しめるが、車は必須となる。日本人駐在員も多く住むリッチモンドやノース・フィンチリーといったロンドン南西部や北部でさえも車がないと生活に不便な場合が多い。

 それでも、イングランドでは(成功の証しとして)美しい田園での生活への憧れが根強く、かつての貴族文化もあってか、一定の成功を収めた起業家やバンカー、ヘッジファンドマネジャーなどはこぞって、ロンドンの家を引き払うのである。そして、周囲に街灯すらない山の中のマナーハウス(中世荘園領主の邸宅)を購入し、家族と生活するのを一種のステータスシンボルにしている。裏庭だけで東京ドーム1個分の広さがある知人のマナーハウスを訪れたときには、10歳の子供が自分用のゴルフカートで迎えに現れ、さすがに笑ってしまった。ロンドンで働く上級役員専門のヘッドハンターの知人は、顧客となる大手企業の上級役員のほとんどが電車どころかバスも通っていない郊外のマナーハウスに住んでいるため、1人に会うだけでも相当苦労すると嘆いていた。

事の発端は英国石油メジャーの内部資料のリーク

 今回の燃料不足が国家的危機に発展した発端は、英国石油メジャーBP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)の内部資料のリークであった。重量級貨物自動車(HGV)ドライバー(長距離大型トラックドライバー)不足によりガソリンを運ぶことができず、ガソリンスタンドの燃料在庫が通常よりも少ないことをBPが政府に警告していることが英国メディアにすっぱ抜かれた。

 BPはその後、9月3週目からタンクローリーのドライバー不足によって約100カ所のガソリンスタンドで供給に問題が起き、一部拠点を閉鎖せざるを得ないと発表した。これを受けて、9月26日にはパニック買いによって、通常レベルの500%増という急速な(ガソリン)需要が起き、多くのガソリンスタンドに長蛇の列ができて、タンクが空になる事態が相次いだ。

英国各地でガソリン不足が続いている
英国各地でガソリン不足が続いている

 英国にはおよそ8000カ所のガソリンスタンドがあるものの、その大半が独立系の小売り業者が運営し、その多くでガソリン仕入れが滞ったという。ただ英国内で大規模な燃料供給網を持つBPですら、9月26日時点で同社ブランドを掲げたガソリンスタンドの約3割が主要グレードのガソリンが底をつく状態となった。

 英国政府は翌27日、事態改善に向け、エネルギー業界に対し、日本の独占禁止法に当たる1998年競争法の適用を一時的に免除した。エネルギー製造から供給、輸送から販売に携わる企業が情報を共有し、最も供給が求められている地域に優先的にガソリンが輸送されるよう仕向けている。シャップス運輸相は28日に、英国内にある6カ所の製油所や、47カ所の備蓄基地には十分な量のガソリンがあると強調し、パニック買いをせず分別をもって行動するよう国民に促した。これらの対応により、政府当局は9月中にパニック買いが沈静化すると期待していた。ただし筆者が見る限り10月に入ってもいまだにガソリンスタンドの行列は続いている。政府は、今焦って燃料を購入すれば事態をさらに悪化するとして、市民に自制を求めているが、目に見える変化は訪れていない。

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