アゾフスターリ製鉄所の悲劇が欧州自動車メーカーに余波

 ウクライナ南東部のマリウポリは、2月からロシア軍の激しい攻撃にさらされた。3月にはロシア軍に包囲され、4月21日にはプーチン大統領が制圧宣言をしたが、アゾフスターリ製鉄所の地下に兵士や民間人が残り、降伏を拒んできた。最終的に5月16日に陥落するまで、マリウポリはロシア軍による徹底的な攻撃の標的となり、欧州でも最大級の製鉄所であるアゾフスターリ製鉄所も壊滅的な被害を受けている。このため、英国やドイツでは自動車生産に使用する合金の輸入にめどが立たず、深刻な原材料不足に陥る可能性が高まっている。

 ウクライナは世界でも有数の鉄鋼輸出国(鉄鋼業が同国のGDPに占める割合は約10%)であり、1933年に操業開始されたアゾフスターリ製鉄所は欧州でも屈指の生産量を誇っていた。アゾフスターリ製鉄所の高品質な製品(鉄鋼や合金、完成品である圧延品)は、世界70カ国以上に輸出されている。同製鉄所を所有するウクライナ最大の冶金企業、メトインベスト社は戦争の混乱にもかかわらず、マリウポリ以外で何とか国内生産の再開にこぎ着けている。

 しかし、生産量はロシアによる侵攻前に比べ各段に低い水準にとどまっており、自動車のボディーやホイールに使う合金の輸出は大幅に減少している。欧州の自動車メーカーは、侵攻開始直後の混乱を、日本やオーストラリアなど代替の供給先から調達することで、一旦は危機を乗り越えている。

 ただ、ウクライナと欧州との地理的な近さというメリットを補える代替調達先を確保することは難しい。侵攻開始直後から鉄鋼価格が急騰し、多くの欧州の自動車メーカーにとって仕入れコストの上昇の面でも大きな懸念となっている。なお、自動車の原材料コストの上昇は、コロナ危機によって既に問題となっていた。例えば、ドイツの自動車業界はロシアのウクライナ侵攻前の時点でも、コロナ危機に端を発する世界的な半導体不足や石油やガス、石炭価格の上昇により、コスト上昇の問題に直面していた。これに今、ロシアやウクライナから輸入する主要原材料に関する供給制約や価格高騰という脅威が間近に迫っている。

 さらに、欧州の鉄鋼メーカーの多くは、ウクライナからの冶金用石炭や鉄鉱石といった原材料輸入にも依存している。例えば、英国の鉄鋼メーカーは半完成品の鉄鋼、コンクリートを補強するためのスラブや、鉄筋のロッドなどの多くをウクライナからの輸入に頼っていた。侵攻開始直後は多くの企業が買いだめに走り、大量の在庫があったため、懸念されていた急激な供給混乱は一時的に回避されている。

 しかしここでも、侵攻の長期化により、一気に原材料不足の問題も出てくる可能性が高いといわれている。またウクライナはワイヤハーネスの主要供給国として、欧州自動車生産のサプライチェーンに深く組み込まれている。ウクライナ侵攻はワイヤハーネス供給に影響を与え、ドイツのフォルクスワーゲンやBMWの自動車生産拠点では、操業一時停止に追い込まれている。S&Pグローバルモビリティーは3月にロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界の自動車生産見通しを下方修正し、2022年、23年ともに世界の生産予測を約260万台削減した。22年については、欧州生産だけで170万台も削減している。

暗号資産にも侵攻長期化の影響が

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この記事はシリーズ「菅野泰夫のズームイン・ズームアウト欧州経済」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。