
筆者とロシアビジネスとのつながりは、かれこれ15年以上になる。初めてモスクワを訪れたのはまだリーマン・ショックが起こる前の2007年であった。当時は上昇し続けた原油価格のおかげで(翌2008年には1バレル150ドル近くまで到達)ロシアは好景気に沸き、モスクワ市内はベントレーやマイバッハ、ロールス・ロイスなどの高級車で埋め尽くされていた。ルーブル高の進行もすさまじく、市内のレストランで食事をするたびに高額の請求書に驚かされたことをよく覚えている。モスクワ経由で、当社のロンドン本社に寄った際には、物価の安さにほっとしたぐらいだ(それでも当時のロンドンは、1ポンド約250円の時代で、ラーメン1杯5000円ぐらいした店もあったが……)。
ロシアはプーチン大統領のこわもてなイメージが強いので、威圧的な国民性かと思いきやモスクワ市民は素朴で穏やかである。2018年にサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会に観戦へ行った多くの知人からは、ロシア人のイメージを覆されたとの感想も多かった。ただ2014年のクリミア半島併合に続き、ロシア軍によるウクライナ侵攻の懸念が再び強まっていることが、またしてもロシア国民全体のイメージに暗い影を落としている。
2021年12月17日に、ロシア外務省が公表した安全保障に関する新たな文書によると、ロシア側は①北大西洋条約機構(NATO)の東方(旧共産圏)拡大を止め、ウクライナおよびジョージアのNATO加盟を認めず、②1997年以降、ブルガリアやルーマニアを含めた東欧に配備した軍事力の撤去、③NATOの軍事演習への制限などに対し、法的保証を要求している。
むろん、米国のバイデン政権がこれらの要求を受け入れることができるわけもない。2022年1月21日の米ロ外相会談で、ロシアの提案に対し書面での回答を求められたことを受け、米国はNATOと協議をして策定した回答を、1月26日に送付した。回答は公開されないが、米国は東方拡大の巻き戻しという、いわば冷戦後の欧州における安全保障秩序の書き換えには応じられないとして、ロシアの主要提案に対する拒否の姿勢を貫いている。
米国を中心に西側諸国は、対話を通じて武力衝突を回避しようとしているが、現段階では交渉は手詰まりに陥っている。それゆえ、ロシアがウクライナに軍事侵攻した場合には、欧米は厳しい制裁を科すと警告している。
ロシアは2014年にクリミアを併合し、ウクライナ東部の分離独立紛争を支援したことで、初めて西側諸国の制裁に直面した。ルーブルは暴落し、経済成長は鈍化したが、慎重なマクロ経済および金融政策によって、破綻を免れた。それどころか原油による収益から数十億ドルを将来の世代に向けた資金の蓄え先である、ロシア国民福祉基金として確保すらした。西側諸国による制裁は現在までも長期にわたり続いているが、ロシアはそれなりの対処法を身に付けてきている。
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