高松建設出身で会長を務める刀根健一氏(写真=大亀京助)
高松建設出身で会長を務める刀根健一氏(写真=大亀京助)

営業などは新体制で見直し

 超長寿企業といえども、長い業歴の中では時代の変化に対応しなくてはいけない。金剛組の最大の変化は独立系から高松建設の傘下に入ったことだった。高松建設出身で会長を務める刀根健一氏によると、このときポイントになったのは「普通の会社に戻す」ことだった。

 社寺建築の原資は氏子や檀家(だんか)の寄付が基本のため、時間をかけて集める。5年、10年計画で進むことも多い。工事が始まってから遅れが出たとき「工期を延ばしてほしい」とお願いすると認められることが少なくなかったという。しかし、これでは工程管理も原価管理もできない。「売り上げは自動的についてくるという感覚があった」と刀根氏は話す。

 高松建設の傘下に入って取り組んだのが、情報の見える化だ。社員は会社の経営状態に疎かった。これを改め、経営情報をガラス張りにして社員に共有している。図面の共有や、材木の発注時期といった工程のマニュアルやフローチャートも整備した。原価管理も徹底。例えば材木は奈良県吉野町などの業者から購入するが、高松建設と同じように原価管理部門が発注する仕組みを取り入れた。

 旧体制では仕事の掘り起こしに熱心と言えず、営業員もいなかった。新体制になってからは高松CGと同じように、開発提案から始める営業員を導入。過去に施工実績のある社寺を回ったり新規案件を開拓したりするようになった。営業担当者は大阪に10人、東京に7人いる。発注元の社寺は出入りの社寺工事の会社との付き合いがあるため、急に取引先が増えることはないが、少しずつ需要を広げている。

 一方、職人の現場には手をつけなかった。宮大工は手作りの世界であり、一般的な建設現場との違いは大きい。天候によって道具の刃を研ぎ続ける日もあれば、加工した小口の処理を非常に丁寧に行う日もある。一般建築を歩んできた刀根氏は「最初はもう少し早く作業ができないかと思ったが、いろいろ話してみて急がせてはいけないことが分かった」と話す。

 技能の強さは残り、体制が変わっても社寺との関係を維持している。長く続いてきた金剛組の名前には信頼感があり、社名も元のまま残した。

金剛家出身者も在籍

 金剛組の年間売上高は約40億円。社寺からの大規模な仕事が入るかどうかで年によって違いが出てくるが、高松建設傘下で経営状態は安定しており、黒字を回復している。引き継ぎ前に社員は80人ほどだったが、現在は110人ほどに増えている。

 金剛組はかつて四天王寺の境内にあったという。古い資料は失われたものもあり、未解明の部分もあるが、刀根氏は「四天王寺様の大工として1000年以上事業を維持しており、四天王寺様があることが続いてきた証拠だ」と話す。かつては四天王寺関連の仕事がほぼ100%だったが、明治以降は次第に比率が下がり、最近は10~15%ほどになっている。それでも四天王寺とのつながりが重要であることには変わりがない。

 金剛組には金剛家の出身者が1人在籍している。40代目の娘にあたる人物で、金剛家の41代目の当主を務める。四天王寺が寺を守る「正大工」職を与えるのは金剛家に対してであり、四天王寺での職人の仕事始めの儀式「手斧(ちょんな)始め式」も金剛家と宮大工の行事のため、金剛組の社員は裏方スタッフを務める。経営にはかかわっていないが、金剛家の出身者は金剛組の象徴であり、宮大工にとっても四天王寺とのつながりにとっても大切だ。宮大工に仕事を発注するのは金剛組だが、師匠にあたる金剛家との間には強い絆がある。

 1000年を超える業歴を持つ金剛組も新型コロナウイルスへの対応を迫られる。今期は受注残で仕事を続けているが、来期以降はコロナの影響が出てきそうだ。参拝や法要が減っており、葬式を簡素化する動きもある。社寺の工事を先延ばしするケースも出てきている。培ってきた強さは比類ないものだ。コロナを含めた世相の変化にどう対応するかが問われることになる。

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