コロナ禍で多くの旅館、ホテルが打撃を受けているが、温泉旅館の中には創業1000年を超えるところもある。長い歴史の中でどんな危機に直面し、またどう生き残ってきたのだろうか。山梨県の山深い地で事業を続けてきた旅館の歩みから考えてみよう(登場する企業の創業年などには諸説ある)。

慶雲館は「甲斐の秘湯」といわれ、1300年以上の歴史を持つ(写真:栗原克己、以下同)
慶雲館は「甲斐の秘湯」といわれ、1300年以上の歴史を持つ(写真:栗原克己、以下同)

 帝国データバンクによると、同社の企業データベースで確認できる創業1000年超の企業は6社あり、このうち3社が温泉旅館となっている。同社史料館の福田美波研究員は「古くは、温泉はその薬効成分によって医療の一部として利用され、その源泉の傍らに湯治宿ができた。温泉や景観などの観光資源を背景に老舗旅館としての価値を高めて、年月を重ねて顧客に愛され続けたことが、1000年企業として生き残っている理由の一つではないか」と指摘する。

 温泉という独自の魅力はやはり大きな強みになる。長寿企業に詳しい日本経済大学大学院の後藤俊夫特任教授は「古くからの温泉旅館には源泉を使える強みがある。歴史的に温泉が療養などで果たしてきた役割は大きく、それを独占するか地域の共有財産にするかで地域経済での役割が大きく異なる。自らの経営を短期的に考えるのではなく、長期的に考えることが長寿企業につながる」と分析する。また、温泉旅館にとって業歴の長さは老舗としてのイメージにつながり、アピールポイントになりやすい面もある。

 1000年を超える旅館のうち、最も古いのが西山温泉の慶雲館(山梨県早川町)だ。創業は飛鳥時代の705年まで遡り、1300年以上の歴史を持つ。「世界最古の温泉宿」として2011年にはギネス世界記録に認定された。

厳しい自然環境の中で事業を継続

 慶雲館のある早川町は山梨県の南西部に位置し、面積の96%を森林が占める。豊かな自然環境の中、町名の由来である早川が流れ、大小の滝や渓谷が点在する。山深いため訪れる人は限られるが、信仰の地として古くから知られる身延山が近いほか、戦国時代から金が採掘されていたなど、歴史にたびたび顔をのぞかせる。

 同町のホームページによると、西山温泉は宿泊施設が3軒の小規模な温泉地だ。慶雲館は早川に注ぐ湯川の上流の傾斜地に長くあったが、今は早川と湯川の合流地点付近に位置する。「甲斐の秘湯」といわれ、JR身延駅(同身延町)からの場合、送迎バスで70分ほどかかる。

 ルーツは慶雲2年(705年)に遡るとされ、名前は創業時の元号に由来する。西山温泉は藤原鎌足の長子、藤原真人がこの地を訪れ狩猟をしたとき、湯川のほとりにさしかかり岩間から噴き出す熱湯をみつけたのが始まりと伝わり、これが慶雲館の歩みと重なる。古くからの言い伝えだが「ある程度、ロマンと考えてよいのではないか」(社長の川野健治郎氏)。

 深沢家とその分家が長く守ってきたとされるが、創業時を直接伝えるものはなく、エピソードはほとんど伝わっていない。ギネス世界記録の認定にあたっては、分家に古くからある墓石に和銅4年(711年)の年号などが刻まれていた、との記録がポイントになったという。