石川県金沢市の湯涌温泉にある旅館「お宿やました」は創業1300年を超える。有数の老舗だが、女将の山下絹子さんは「楽しんで仕事するのが一番」と強調する(登場する企業の創業年などには諸説ある)。

「お宿やました」の女将、山下絹子さん(写真=栗原克己)
「お宿やました」の女将、山下絹子さん(写真=栗原克己)

 「金沢の奥座敷」と呼ばれる湯湧(ゆわく)温泉。多くの観光客が訪れる兼六園付近から車で約20分と遠くないが、周囲は緑豊かな自然に包まれる。温泉街には湯の川と浅野川が流れており、川沿いの静かな山里に温泉旅館や湯治施設が合わせて9軒ある。

 「お宿やました」は湯湧温泉にある宿泊施設のうち、湯の川の上流、温泉街の一番奥に位置している。客室数は10、従業員が8人という小規模な旅館だ。帝国データバンクの調べによると、やましたは国内で数少ない1000年企業であり、1300年超の業歴がある。

 やましたの歩みは湯涌温泉の歴史と重なる。奈良時代の養老2(718)年、別の村から紙をつくる作業でたびたびこの地を訪れていた人がある日、何かにつかったまま動かないサギを見つけた。不審に思い近づくと温泉が湧いているのを見つけたのが湯涌温泉のルーツと伝わっており、やましたでは同年を創業年とする。

湯涌稲荷神社、薬師寺付近の高台から湯涌温泉を臨む(写真:栗原克己)
湯涌稲荷神社、薬師寺付近の高台から湯涌温泉を臨む(写真:栗原克己)

 やましたでは代々、「湯涌温泉を見つけた人が住んでいた地区からは、それからずっとお湯につかりにきた」とも伝えられている。一方、その地区には「古くから湯涌温泉に入りに行った」という話が残っている。ただし、創業時の様子を示す具体的な資料は残っていない。このため、何代に当たるかなどは分からない。かつては質素な湯治場だったはずだが、いつしか温泉旅館に変わった。

 業歴の長さは信頼感や老舗イメージに重なるため、1000年企業には外に向けて積極的にPRするところもある。これに対してやましたの場合、湯涌温泉の歴史についてはホームページなどで記すものの、それが自らの施設と重なることや創業から1300年超であることなどをほとんど伝えていない。女将の山下さんは「創業当時の建物があるわけではないし、とにかく何もない。このため特には伝えていません」と話す。北陸の静かな温泉地で今も静かに業歴を重ねる。

 詳しい話が伝わるのは、江戸時代に入ってからだ。加賀藩の「隠し湯」として歴代藩主に愛され、名君と呼ばれた前田利常に「山下旅館」の屋号をもらった。現在の「お宿やました」となったのは比較的最近のことだ。

 旅館裏のケヤキの下には大きな石があり、利常はその石に地蔵菩薩(ぼさつ)を彫らせた。地蔵は同じ場所に残っており、山下さんは毎日お参りする。

今も残る地蔵菩薩(写真:栗原克己)
今も残る地蔵菩薩(写真:栗原克己)

 江戸時代には歌会が開かれることもあり、歌会にちなんだ名前の客室が今もある。以前は明治時代に建てられた木造3階建ての建物があり、天井に詠み人知らずの和歌も書かれていた。

 明治の頃になると湯涌温泉には富山などいろいろなところから芸人が訪れるようになっており、建物内から呼び止めて芸を披露してもらうこともあった。当時の地元紙の記事によると、湯涌温泉の宿屋はこの頃3軒あり、「山下といふが一番よし」と記されていた。

 大正時代に入ると転機が訪れる。

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