今秋、ツイッターの企業アカウントが相次いで炎上した。ストッキング・タイツ大手のアツギは「イラストが性的」として糾弾され、靴下メーカーのタビオは「嫁」という言葉を投稿したら「配偶者を見下している」と批判された。コロナ禍で高まる同調圧力だけが原因ではない。
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日経ビジネスは2015年から毎年12月に、不祥事を起こした企業などがどのような謝罪をしているかを検証する「謝罪の流儀」という特集を掲載してきました。今年も「謝罪の流儀2020」(仮)を掲載する予定です。つきましては読者の皆さまに、記憶に残る謝罪や、謝罪に関する意識についてアンケートを実施します。アンケート結果は日経ビジネス電子版や雑誌の日経ビジネスに掲載する予定です。ご協力をお願いします。
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ますます炎上しやすくなっている?(写真:PIXTA)
「明日は休日ですね!皆さんは何します!?私は、嫁から『とりあえずこれを読め』と佐々木倫子先生の『Heaven?』を全巻渡されたので読みます」――。一見すると変哲もないこの投稿が、SNS上で議論を呼んだ。発信したのは「靴下屋」などのブランドを運営する靴下メーカー・タビオの公式ツイッターアカウントだ。
11月2日に投稿されたこの投稿に対して、「『嫁』という言葉は不適切」「どうして配偶者を見下す表現をするのか」といった声が一部から寄せられた。その2日後、タビオの公式アカウントは「『妻』とするところを『嫁』としてしまい、不適切な表現となってしまいました。(中略)今後気をつけて参ります」とツイッターに投稿。この発信に対してさらに「無視すればよかったのに」「なぜ謝罪したのか」「気にしないでください」といった反応が入り乱れた。
一連の発言と謝罪にはどのような議論や経緯があったのか。「この件についてはお答えできません」(タビオ広報)と口をつぐむ様子からは、困惑ぶりがうかがえる。
企業のSNSアカウントは、公式PRとは違った親しみやすさがある種の売りだ。「中の人」と呼ばれるSNS担当者が、個人的なつぶやきを投稿するケースもよくある。「妻」と表記するか「嫁」と表記するか。投稿の前に議論や確認があったかどうかは定かではないが、普段から何気なく使っている言葉を無意識に投稿してしまうという場面は容易に想像できる。
投稿に予想以上の反応が寄せられ謝罪に至ったケースは他にもある。11月25日、鹿児島大学の研究チームが35年ぶりに新種のゴキブリを発見したというニュースが報道された。するとアース製薬の公式アカウントが「え〜!ゴキブリ2新種発見ってまじですか〜!研究部のみなさんにも報告せねば‥」とツイッター上で反応。そこに「朝から嬉しくないニュースですね・・(中略)アースさん、研究よろしくお願いします」とメッセージを送ったクラシエの公式アカウントに火が付いた。
「新発見に対して『嬉しくない』なんて」「生物学者に対して失礼」「企業のアカウントの自覚を持つべきだ」
こうした世間の反応を受け、クラシエの公式アカウントはその日のうちに「生物多様性についての理解が不足しておりました。悲しい想いや不快な想いをさせてしまった皆さま、本当に申し訳ございませんでした」と謝罪した。
SNS上での気軽なコミュニケーションが引き金となり、謝罪や訂正、アカウントの一時停止に追い込まれる――。いずれの投稿も、指摘の声が何万と寄せられたわけではない。ジェンダー平等を支援する団体や、生物多様性を訴える団体が抗議声明を出したわけでもない。それでも、数十から数百の「お怒りコメント」がSNS上に集まることは、企業からすれば立派な炎上とみなされる。
特に、このコロナ禍では、「通常だと炎上しそうにない内容まで炎上している」(山口真一国際大学准教授)ことが1つの特徴だ。
「今一番大切なことは、みんなが一人一人どうすべきかを考えて、一致団結してこの危機を乗り越えることだと思うんだ 批判や怒りや疑いじゃなくてさ、不要な外出を控える、自分や家族を守る、他人を思いやる、医療を守る…それしか新型コロナに勝つ方法はない」
歌手のスガシカオさんが4月7日に投稿したこの内容に対して、「自粛したくてもできない人もいる」「自己責任論の言い換えだ」などの批判が寄せられた。結果的に、スガシカオさんはツイートを削除し、謝罪した。
コロナで炎上リスクが上昇
炎上防止コンサルティングなどを手掛けるシエンプレ(東京・新宿)のWEBソリューション事業部シニアマネージャーの桑江令氏は、「一致団結して危機を乗り越えようというメッセージは、東日本大震災のときならまず批判されることはなかった。社会に分断が広がっている」と分析する。コロナ禍で社会が不寛容化し「謝罪圧力」が高まっている今、こうした内容でも怒りを買いかねない。(関連記事:新型コロナで同調圧力が上昇? 一触即発で「謝罪」の窮地に)
炎上の地雷は、なぜ広がっているのか。いくつか要因を考えてみよう。
1つの要因は、コロナ禍の活動自粛によってSNSの利用時間が増え、検索行為や情報の受信・発信の量そのものが増加したことだ。アライドアーキテクツの調査によると、コロナ禍の外出自粛によってSNSの利用時間が「増えた」とする人は34.5%にのぼる。
こうしたSNS利用の増大は、コロナ禍でのストレスと相まって炎上リスクを高めている。デジタル・クライシス総合研究所の調査によれば、感染拡大の第1波が襲っていた今年4月の炎上発生件数は前年同月比の3.4倍に増加した。
(出所:デジタル・クライシス総合研究所の資料を基に編集部で作成)
「社会不安の高まりと炎上件数の増加には関係がある」と山口氏は指摘する。天災などが起きると、ささいな言動を取り上げて「不謹慎」だと過剰にバッシングする中傷行為が多くなる。過去、世の中に炎上が増えた「山」があったのは、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震。そして今年もそれらに匹敵する山となっている。
AIでも炎上防止は難しい
そもそも、ここ数年で世間の「怒りの目線」が厳しくなっていたという声もある。「中の人」として企業の公式ツイッター運用を8年ほど続けてきた食品メーカーの担当者は、「何をきっかけにどこで燃えるのか分からない。事前に対策したり準備したりすることは難しい」と話す。
AI(人工知能)を活用し、ネット炎上リスクを予見するサービスを開発中のエルテス(東京・千代田)の江島周平マーケティング部長も、「最近の炎上は予想もしない角度から飛びつかれる。『なぜこれが起きるのか(炎上するのか)』という可能性が無限にある」と言う。
AIが炎上リスクを検知するためには、「炎上につながりそうだ」と判断するための教師データを作り、AIに教えなければならない。ところが、ここ最近の炎上はメカニズムが複雑化しているため、リスクかどうかを判断する教師データの作成が難しくなっているという。
炎上が複雑化する背景にはSNSの特性も関係している。その1つが「エコーチェンバー」と呼ばれる現象だ。閉鎖的なコミュニティーで同じような意見が飛び交う環境に身を置くと、特定の意見が強まり過激化するという。自分と似た価値観の人を選んでつながることができるSNSは、考えの固定化が起きやすい。
さらに、人々にとってSNSが身近なものになるにつれ、自分の考えや主張を相手に直接発信することが当たり前になった。これ自体が悪いわけではない。ただ、先鋭化した意見がそのまま相手にぶつけられるようになったため、今までにない予想外の炎上が起こるようになった。
「バズる」と「炎上」は紙一重
企業が炎上を防ぐにはどうすればいいか。まずは「普段からSNSと向き合いトレンドをつかむこと」(エルテスの江島氏)だ。SNS上には「世間一般」とは異なる独特の社会が広がる。そこで語られるトピックや使用される言葉、トレンドを意識することが、炎上回避の第一歩だという。ここ数年では、「ジェンダー論」に関する話題は議論を呼びやすい。そうした話題につながる可能性がないかどうか、敏感になることが必要だ。
また、「企業のSNS運用で一番多い勘違いは『バズる(短期間で爆発的に話題が拡散される)』ことだけを目標にすることだ」と、SNS運用コンサルを手掛けるテテマーチ(東京・品川)の三島悠太執行役員は指摘する。ネットの利用率が高まる今、SNSを活用した広告宣伝は企業にとってもチャンスだ。テテマーチに寄せられた企業からのSNS運用に関する問い合わせ件数は、2~10月でおよそ4倍に増えたという。ただし、「バズる」と「炎上」は紙一重だ。「一時的な話題性や瞬間風速を求めたとがった投稿は、炎上に結びつきやすい」(三島氏)
ストッキング・タイツ大手のアツギや玩具大手のタカラトミーが炎上したのは、この「ジェンダー意識の低さ」×「バズり狙い」という構図で地雷を踏んだ典型といえる。
アツギは11月2日の「タイツの日」に合わせて、SNS上での拡散を狙いハッシュタグ(#)を付けた「#ラブタイツ」というキャンペーンを展開。そこで掲載した複数のイラストが性的と批判された。
タカラトミーは10月21日、ツイッター上でトレンドとなっていた「#個人情報を勝手に暴露します」というハッシュタグに乗せて、着せ替え人形「リカちゃん」のプロフィルや、リカちゃんの声を聞ける「リカちゃんでんわ」の電話番号を投稿した。「とある筋から入手した、某小学5年生の女の子の個人情報を暴露しちゃいますね…!」 という文面が、子供の性被害を連想させる投稿だとして、こちらも大きな批判を浴びた。
アツギは「確認体制やモラル意識の甘さがあった」、タカラトミーは「不適切な表現があった」と謝罪し、新規のツイートを停止している。
流行に飛びつかず、世間の感覚に神経を尖らせていたならば、こうした炎上は防ぐことができるかもしれない。ただ、ある企業のSNS運用担当者は「もう数年中の人をしているが、他社の炎上した投稿を見て、発信者の気持ちが分からないでもない。明日は我が身」と身構える。SNS上で向き合わなければいけない「世間」は1つではないからだ。
世の中には背後から殴られるような、予測不能な炎上が待ち構えている。このままでは謝り倒しの「謝罪社会」になりかねない。すべての意見に対応することが現実的ではなくなった今、炎上を防ぐ道を探るよりも大事なのは、意志を持った発信をし、多少の波風には動じない胆力を持つことかもしれない。
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