前回は、コロナ禍で同調圧力が高まっていると警鐘を鳴らす、「世間学」が専門で九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏に話を聞いた。今回は、日本流の「謝罪」が本当に日本に固有のもので、国内の「世間」に対してしか有効でないのか、リコール問題で米公聴会にも呼ばれたトヨタ自動車などのケースを題材に考えてみたい。

【アンケートご協力のお願い】

 日経ビジネスは2015年から毎年12月に、不祥事を起こした企業などがどのような謝罪をしているかを検証する「謝罪の流儀」という特集を掲載してきました。今年も「謝罪の流儀2020」(仮)を掲載する予定です。つきましては読者の皆さまに、記憶に残る謝罪や、謝罪に関する意識についてアンケートを実施します。アンケート結果は日経ビジネス電子版や雑誌の日経ビジネスに掲載する予定です。ご協力をお願いします。

>>アンケートに回答する(回答期限12月11日)

 日本と違って米国はドライな国。企業が不祥事を起こしても謝罪会見を開かないし、まして法的責任を問われる恐れがある問題で、経営者は軽々に謝らない――。そんなステレオタイプにとらわれたまま、米国市場に進出していないだろうか。だが郷に入っては郷に従えとばかりに謝罪をちゅうちょすれば、米国社会から手痛いしっぺ返しを受けかねない。

 これから、米国をはじめ各国の謝罪文化に対して、日本人が抱いているであろう様々な固定概念を検証していく。先入観が取り払われたとき、武士道精神にのっとった日本人のおわびが、世界に通用する謝罪方法であるという事実が見えてくる。不倫スキャンダルに見舞われたあの世界的スターも、日本流の謝罪に救われた。

トヨタとマクドナルドの大失態

 あたかも「訴訟大国である米国では、法的なリスクの回避を優先するのが得策だ」との先入観から抜け出せなかったがために、痛い目に遭ったのがトヨタ自動車である。

 アクセルペダルがフロアマットに引っかかる不具合が明らかになり、全米でトヨタに対する非難の嵐が吹き荒れたのは2010年だ。トヨタは豊田章男社長が米議会公聴会で責任を追及される前に、少しでも騒動を沈静化すべく同年2月、米トヨタ販売会社の社長名で全米各紙に顧客向けの謝罪広告を載せた。

米BPの原油流出事故ではCEOの失言が顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、謝罪広告に限れば秀逸だ(写真=ロイター/アフロ)

 だが広告で「心から申し訳なく思う」としたのは、「リコールによってご心配をかけたこと」に対してだ。問題の核心であるアクセルの不具合についての謝罪は一切なかった。

 米PR会社ホフマンエージェンシーのルー・ホフマンCEO(最高経営責任者)は、「経営陣が弁護士の助言を丸のみにして保身に走ったのだろう。これでは米国人の怒りは収まらない。経営陣は法的リスクを軽減しつつも、心から謝罪するために妥協点を見いだすべきだった。妥協点が見つからないのならば、謝らない方がまし」と言う。

 「米国ではいかなるときも法的リスク回避を優先しなければならない」との先入観を疑うことができていれば、避けられた失態だったかもしれない。

 さらに、米国市民のトヨタたたきを勢いづけたのが、謝罪広告の終盤にあった一文だ。

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