
新型コロナウイルスの感染拡大「第3波」が日本全土を襲う中、気掛かりなデータがある。自殺者数の推移だ。2020年10月末の暫定値は2158人となり、前年同月の1539人から4割も増えた。
4月に緊急事態宣言が出されてから6月にかけて、自殺者数は前年を下回る水準で推移していた。悩むことが多い会社での上司・部下との対話や会議、満員電車通勤などによるストレスが減ったためともいわれたが、そんな状況も長くは続かなかった。
異変があったのは7月、1851人と前年同月から50人以上増えて以降だ。8月は1910人、9月は1849人。特に女性自殺者の増加が顕著で、10月は852人と前年同月の466人から8割以上も増えた。
新型コロナがもたらす経済不況により、雇用環境は急激に悪化した。そのあおりをもろに受けたのが調整のききやすい労働力である非正規の人たちだった。8月以降、非正規の比率が高い34歳以下の女性の完全失業率は4%を大幅に上回り、経済的な困窮が絶望に追いやっているという指摘はある。
ただ、自殺者増に、別の観点から警鐘を鳴らす人物がいる。「世間学」で知られる佐藤直樹・九州工業大学名誉教授だ。佐藤氏は「コロナで同調圧力が強まったことが根っこにある」と指摘する。同調圧力とは「他のみんながそうしているのだから同じようにせよ」という空気感で、「コロナで相互監視が厳しくなり、これまで以上に息苦しい世の中になった」(佐藤氏)。
厚生労働省の自殺対策白書によると、自殺死亡率(その年の人口10万人当たりの自殺者数)は先進国で日本が突出して高い。15年前後の比較では、日本が18.5(15年)と、13.8で2位のフランス(14年)と米国(15年)を大きく上回っている。佐藤氏は「『世間』のルールが細かく決まっていて、それから外れることは許されないという意識が日本にはある」と分析する。
その風土が、新型コロナの環境下においては「自粛警察」の勃興を呼んだ。外出や営業の自粛要請に応じない個人や商店に対し、私的に取り締まりや攻撃を行う一般人らだ。法律に違反していなくても、夜間営業の店舗に張り紙をし、「ルール違反者」をSNSに写真付きで投稿する。「新型コロナより悪評を広められる方が怖い」ともささやかれた。
もっとも、自粛警察からすると、自分たちの意見こそが「正義」だ。そして、その正義に乗っかる波が、ウェブ上で広がっていく。辛辣さがどうであれ、同調圧力の下では、賛同が集まり始めた意見に対して反対することもまた、非難の対象となる。謝って済むならまだいいが、思い詰める状況が増えた、と佐藤氏は見る。
Powered by リゾーム?