ウクライナの首都キエフに、いよいよロシア軍が迫った。そのロシア軍はプーチン大統領にとっていかなる存在なのか。同大統領は「ロシアの国家安全保障を保証するのは強くなること」と題した論文で、「戦略的抑止力を維持し、これを強化しなければならない」「ロシアは矛盾や紛争を除去するに当たって、外交的・経済的手法のみに頼ってはならない」との考えを示した。ロシアの軍事戦略について知っておきたい10項目を関連項目も含めて整理した。

1:ロシア軍の兵力と国防費はどれほどか?
2:プーチン大統領が進めた軍制改革とは?
3:ロシアの極超音速兵器はいかなるものか?
4:ロシアが展開するハイブリッド戦争とは?
5:ウクライナ危機の“起源”ともいえるグルジア戦争とは?
6:ロシアの核戦略においてなぜ北方領土が重要なのか?
7:ロシアと中国との軍事協力はどこまで進んでいるか?
8:日本の対ロシア軍事戦略において津軽海峡が大事なわけ
9:INF全廃条約の破棄を先に持ちかけたのがロシアだったのはなぜか?
10:ロシアと北朝鮮との軍事協力はどのような状態にあるのか?
※編集部注:興味のある問いからお読みください。
1:ロシア軍の兵力と国防費はどれほどか?
総兵力は約90万人、うち陸上兵力が33万人。
約1710万平方kmに及ぶ世界最大の領土を5つの軍管区に分けて防衛している。軍管区は、ウラル山脈の西を管轄する西部軍管区、同山脈の東側とシベリアを管轄する中央軍管区、極東を管轄する東部軍管区、コーカサス地方を管轄する南部軍管区、および北極海をカバーする北洋艦隊からなる。
各軍管区には「統合戦略コマンド」を設置。この組織が要となり地上軍、海軍、航空宇宙軍などを統合運用する。地上軍は戦車など約1万5900台*の装甲戦闘車両を擁する。海軍は潜水艦を多用する編成で50隻を持つ。このほか空母1隻、巡洋艦4隻、駆逐艦11隻、フリゲート艦16隻が主な戦力。空軍は戦闘機の「MiG-31」「Su-35」や爆撃機「Tu-22M」など1170機を保有する*。
2021年の国防費は約3兆1000億ルーブルで、GDP(国内総生産)比2.9%。2011~2016年は前年比20%前後の伸びを示し、ピークの2016年は4兆ルーブル(GDP比4.4%)に迫った。しかし、2017年度には同20%を超える減少を記録し3兆ルーブルを割り込んだ。その後、再び持ち直す傾向にある。
ロシアの国防費は原油価格の推移と軌を一にしていることが見て取れる。原油価格は2010年春の1バレル75ドル前後から上がり始め、2014年半ばまで同100ドル程度で推移した。しかし、2014年半ばから2016年初にかけて急降下し一時は同30ドルにまで落ち込んだ。ロシアの国防費が2017年に大きく減少したのはこの影響を受けたとみられる。
2:プーチン大統領が進めた軍制改革とは?
ロシア軍は、ソ連の崩壊を受けて一度は壊滅状態に陥った。90年代半ばには、資金を確保するため、当時の最新鋭戦闘機「Su-27」を西側に売却するありさまだった。
元防衛事務次官の秋山昌廣氏は1996年の防衛局長時代、防衛交流のためロシアを訪れた。このとき「Su-27を買わないか」と提案を受けたと振り返る。旧ソ連諸国や東欧諸国ならともかく、西側に属す日本にまで商談を持ちかける状態だったわけだ。同氏は「2、3機は買おうと思いましたが、先方が『12機のセットでないと売らない』と固執したので、実現しませんでした」という。
ロシア軍が再建に向かうきっかけとなったのは1990年代半ばのチェチェン紛争や2008年のグルジア(当時)紛争だった。指揮通信システムの不備や精密攻撃能力の不足に頭を悩ませたという。近代化の遅れを痛感した。
軍制改革は「コンパクト化」「近代化」「プロフェッショナル化」の3つを目標に掲げ、軍管区の統廃合や兵役制度の変更に取り組んだ。
「コンパクト化」は、6つだった軍管区を2010年、「西部」「中央」「南部」「東部」の4つに統合。統合戦略コマンドもこのとき設置した。2014年、西部軍管区に属していた北洋艦隊を統合コマンドに組織替え。2021年1月にはこの北洋艦隊を軍管区と同等の扱いにし「5軍管区・5統合コマンド」体制とした。さらに2000年には120万を超えていた定員を2016年までに100万人に削減する計画を進めた。その結果、現在の約90万人体制となっている。
このコンパクト化を補うのが「近代化」と「プロフェッショナル化」だ。「近代化」は、老朽化が深刻だった装備を改め「2020年までに新型装備70%」にする目標に取り組んだ。2020年末の実績は通常兵器で70%、戦略核兵器で86%に高まったという。目標は達成された。
今回のウクライナ侵攻をめぐって日経新聞が2月26日朝刊でムィコライウ軍用飛行場の衛星画像を掲載した。侵攻前と侵攻後の2枚の写真を比較すると、同飛行場に配備されていた戦闘機だけをピンポイントで攻撃したことが見て取れる。精密攻撃能力を大きく高めたもようだ。
「プロフェッショナル化」は徴兵主体だったのを改め、職業軍人の比率を高めた。新型装備の運用には、専門知識を持つ職業軍人が欠かせない。現在は全体の3分の2を契約勤務制度に基づく職業軍人が占める。
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