いくら中国では想像もつかないことが頻繁に起こるといっても、度が過ぎている。暮れも押し迫る12月23日午後、とあるゲーム会社の創業者が、飲んでいたプーアル茶に毒を盛られ入院、集中治療室に収容されたが脳死状態にあるという情報がSNS上に出回り始めた。しかも、犯人は同社の幹部だという。
そのゲーム会社の名は「遊族(YOOZOO)」。2014年に深圳証券取引所に上場しており、19年の売り上げは35億元超とネットゲーム会社のトップ10にも入るれっきとした有名企業だ。YOOZOOは米ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の知的財産(IP)を利用したスマホゲームをヒットさせたほか、DMM.comの「刀剣乱舞-ONLINE- Pocket」の中国での運営など、日本のIPも含め多くのゲームを開発・運営している。18年には日本に子会社を設立し、20年7月に日本向けにリリースした「レッド:プライドオブエデン」も人気となっている。そのYOOZOOを率いる林奇(リン・チー)が被害者だというのだ。

会社側は当初、記者たちの問い合わせに対して「ネット上に流れるデマに関してしかるべき対応をとるために既に弁護士を手配している」などと強気に答えていた。しかし夜になって上海市公安当局がSNSの微博(ウェイボ)で次のような発表をした。
「12月17日午後5時ごろ、病院から患者の林某(男、39歳)が毒による症状であると通報を受けた。当局は直ちに捜査を開始し、現場の捜査と聞き込みなどにより林某の同僚である許某(男、39歳)に強い疑いがあることを発見した。現時点で、許某は法に基づいて身柄を拘束されており、関連の捜査が引き続き行われている」(筆者注:中国ではこうした場合名字のみを明らかにし、名前を「某」とすることによってプライバシーを保つことが多い。つまりこの場合「リンなんとかさん(男、39歳)」という意味になる)
文中の「毒」というキーワードと「林某」という人名が符合していたとしてさらに疑念の声は高まっていった。しかもYOOZOOには本当に「39歳の許某」が幹部として在籍しているというのだ。
容疑者の許某とされたのは許垚(シュ・ヤオ)。YOOZOOの元董事であり、同時に傘下のYOOZOO Pictures(以下、ピクチャーズ)の実質的な後継会社といえる三体宇宙というIP開発・管理会社のCEOを務めていた。彼は留学帰りで香港の米系法律事務所に勤務後、中国の大手投資会社、復星集団の法律顧問を務めたのちにYOOZOOに入社した1981年生まれの「39歳」だ。

会社はそれでも「家族によると体調を崩して入院しているが経過は順調」などと発表していたが、結局警察発表を追いかけるように改めて「入院していることは確かだが原因については調査中」「警察によれば容疑者の許某は個人の身分で映画会社に投資している。会社は正常に運営されている」「この発表は上海市および証券取引所への相談・指示による」と改めて発表した。
たった1日の間に二転三転した揚げ句、事件であると認めていない文章の中で「容疑者」と言ってしまうなど内容はメチャクチャといっていい。発生した事態が異常すぎることに加えて、中国の会社にありがちな極端に中央集権・属人的な統治、裏を返すと指示者がいないとすぐに統率がとれなくなるという問題も大きく影響しているのだろう。
少なからぬ従業員が「毎日警察が来てオフィスを捜索している」と投稿していたこと、市や証券取引所に事前に報告していたと述べていることから、会社側は事態を把握していたことが分かる。一代で築き上げたスタートアップであれば、その創業者の去就は会社の先行きを左右しかねない重要事項だ。にもかかわらず自発的に開示を行わず、逆に当初訴訟をチラつかせて噂の拡散を止めようとするなど、上場企業としての責任感のなさに対する批判も出た。
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