その国の社会や世相を映し出す映画。コロナ禍の影響もあり、ついに米国を抜くといわれる中国映画市場の成長の勢いや独特のマーケティング手法とその副作用などを紹介した前回に続き、今回は外資の中国進出につれて起こる摩擦と、映画だけにとどまらない日本と中国の深い関係を紹介する。

不透明な外資規制とハリウッドに与えた影響
他の分野同様、中国における外国映画の公開本数は自国産業の保護を目的に長きにわたって制限されてきた。長期的に見ると緩和の方向に向かいつつあり、現在では「公式には」年間合計64本公開できるということになっている。しかし実際には近年毎年100本を超える外国映画が公開されているというデータもあり、「この規制は内部的には既に撤廃されている」と発言する関係者もいるが真相は不明。明文化された規定と実態が乖離(かいり)している他、様々な例外規定の存在や公開審査基準の不透明さなどから、外部からは非常に分かりにくくなっている。
それでもこの巨大市場に惹かれて多くの作品が集まる。例えば2019年の「アベンジャーズ/エンドゲーム」の中国での興行収入は公開された57の国と地域の中で米国に次いで2位(3位の英国の5.5倍)、全世界興行収入の2割以上が中国からもたらされている計算になる。このように中国市場の存在感が増すにつれ、ハリウッド映画にも中国企業の商品が劇中に登場する機会が増え、中国系出演者が多く役割も重くなるなどの変化が起こり始めている。また19年のアカデミー3部門受賞の「グリーンブック」の出資者としてアリババ集団系の企業が名を連ねていたように、映画製作会社を買収したり作品に直接出資を行ったりといったことも増えてきている。
変化は出資や出演に対して門戸を開くといった好ましい形だけで起こっているわけではない。配役の変化は中国政府が国際共同製作と認定する条件(認定されると外資としての公開本数規制から除外され、利益配分の上限が緩和されるなど大幅に有利になる)に、主要な出演者の3分の1を中国人にしなければならないと決められているからだし、他にも出資比率や主要なロケ地を中国国内にしなければならないなどの制約がつく。
万が一中国での公開審査に通らないと大損害につながるということで、政治的な敏感さを避けて原作からキャラクターの設定が変えられる、台湾などの国旗が映ったシーンが差し替えられるといった「忖度(そんたく)」が行われているという批判の声もある。クエンティン・タランティーノが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でのブルース・リーの扱いを巡って中国側の意を酌んだ再編集を拒否した結果、中国での公開を諦めたような例もある。しかし、興行成績が自らの将来的なキャリアを直接左右する以上、彼のように振る舞える監督やスタジオは多くはないだろう。
また今年公開されたディズニー映画「ムーラン」は主演女優リウ・イーフェイ(現在は米国籍)が「香港警察を支持する」と中国政府寄りの立場で微博(ウェイボ)に投稿したこと、エンドロールでロケ地である新疆ウイグル自治区当局への感謝を表明したことなどで中国国外から批判を受けた。一方、国内でも映画のレビュー投稿が盛んなSNS(交流サイト)、豆瓣でたった5%の人しか最高の「5星」をつけないなど散々な評価で興収も振るわなかった。双方からそっぽを向かれた揚げ句、「せっかくヒットのために媚(こ)びを売って中国の昔話を題材にして作ったのに」と皮肉られるようなことも起きた。
外資規制や中国比率増が引き起こす忖度は映画界だけの出来事ではない。中国では今でもメディア関係や自動車製造、電気通信、市場調査、教育機関などの一部は外国資本が単独で法人を設立できず合弁が義務付けられているし、たばこ販売や漁業、測量、地図作製などへの参入は禁止されている。とはいえ、その中には絶対に無理な分野もあれば様々な方法で事実上参入できてしまう分野もある。専門家でないと境目が分かりにくい上に、その「ゴールポスト」は外部環境の影響を受けてある日突然変えられてしまうことが多いのも映画と共通する。
例えばドイツ自動車大手のフォルクスワーゲン(VW)グループの19年の世界販売台数1097万台のうち半分弱を中国が占めることに代表されるように、中国経済を成長戦略の中核と位置付けている企業も多いが、これも一筋縄ではいかない。
VWは今年5月に国有自動車中堅の安徽江淮汽車集団(JAC)の親会社に50%の出資を決めた。しかし、そのJACは16年ごろまでは好調だったものの品質管理に大きな問題がありリコールを連発、19年には不名誉にも政府系のサイトが発表するクレームランキングの1位に選ばれてしまった。財務状況も芳しくなく、地元安徽省政府からの多額の補助金でようやく黒字化を果たしているような状況だ。VWがそんな企業に1200億円もの投資を決めた背景には、安徽省出身の李克強首相の強い働きかけがあったともいわれる。「毒を食らわば皿まで」ではないが、売上比率が上がれば上がるほど「中国の論理」に従わなければならない場面も増えてくるという、ある種当たり前のことはきちんと認識しておくべきだろう。
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