だがこうした中国人の伝統愛や愛国心は規模こそ超巨大ではあるが、他国で共有されているとはいえない「内輪ネタ」でもあり、国外ではさっぱり理解されないことが多いのも現実だ。歴代興収上位3作品の国内売上比率を見ればそれは明白だろう。

歴代興収上位はほぼ国内売上で構成
歴代興収上位はほぼ国内売上で構成
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 アリババ集団や騰訊控股(テンセント)、グループ購入ECのピンドゥオドゥオやフードデリバリーなどを中心にした生活サービスの美団点評(メイトゥアン)など、世界中から注目される多くの中国ネット企業。実はその売り上げはほとんど国内で占められることが多い。市場が飽和しつつある今、大手企業はいずれもなんとか海外に進出したいと考えているが、既存の広大な市場に最適化され立派に収益を上げている状態で、新しいマーケット向けに自己破壊的な変革を起こすことが難しい、いわゆる「イノベーションのジレンマ」に陥っている。また中国企業のトップマネジメント層に海外への知見がある人材が乏しく、正しい判断が下せないといった原因もまた映画産業と共通点がありそうだ。

 作品自体のクオリティーや規模はハリウッド大作と比べても遜色ないものであることは確かだが、今後、動画投稿サービスのTikTok(ティックトック)が世界中で流行したように中国発の映画が世界中で楽しまれるようにするためには、まだ高い壁を越える必要があるだろう。

社会の矛盾を映し出す作品たちとその限界

 これまで紹介してきたような純娯楽の大作だけでなく、社会的で重いテーマをもった映画も中国には存在する。中国映画界のドンであるチャン・イーモウ監督は純粋な娯楽作品だけでなく文化大革命の時代を生きる人々を描き中国国内で上映できなかった「活きる」のような作品も撮っている。また彼に続く世代の大物、ジャ・ジャンクー監督もまた三峡ダムの建設により水没する街を描いた「長江哀歌」でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞するなど海外の評価も高い。

 ほかにも例えば18年に大ヒットした「薬の神じゃない!」は実際に起こったジェネリック薬の密輸販売事件を下敷きにした作品だったし、19年の「少年的你(ベター・デイズ)」は若手有名女優やアイドルを起用した娯楽性と大学受験のプレッシャーと学校内でのいじめ自殺という非常に重い社会的テーマを両立させ、年間興収9位と興行的にも大成功を収めている。

「象は静かに座っている」(左)、「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」(中)、「ベター・デイズ」(右)
「象は静かに座っている」(左)、「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」(中)、「ベター・デイズ」(右)
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 いわゆるミニシアターがほぼ存在しない現在の中国においては作家性の強いインディペンデント映画が収益を得ることは簡単ではない。にもかかわらず近年ではビー・ガン監督による「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」や若くして自ら命を絶った胡波(フー・ボー)監督による超長編「象は静かに座っている」など新進監督の作品が高い評価を得つつある。

 このように、豊富な予算や高い技術だけではなくテーマにおいても幅広い作品が存在するのが中国映画の世界である。とはいえすべての作品は国家電影局という政府機関の承認を得なければ中国国内で公開できない。審査の過程で特に政治、暴力、色情的な表現は削除や修正を要求されるし、扱うことのできるテーマに限りがあることもまた事実だ。

 伝説的ロックバンド、クイーンを扱った「ボヘミアン・ラプソディ」はフレディ・マーキュリーが同性愛者であるという描写が問題視され大幅にカットされたといわれているし(それでも1億元近い興収を上げた)、政治的に敏感な、例えばディック・チェイニー元米副大統領を描いた「バイス」やマイケル・ムーア監督の「華氏911」のような作品を制作することは難しいだろう。

 また17年に施行された「電影産業促進法」で海外映画祭への出品にも当局への申請が必須とされ、難しいテーマを描くインディペンデント作品に対して大きな打撃になっているともいわれる。インディペンデントでの成功から商業大作を任されるようになった監督もいることを考えると、こうした規制が長期的には映画界全体に影響を及ぼす可能性もあるだろう。

 次回は外資系映画や企業を取り巻く規制、そして中国映画産業における日本の立ち位置の変遷を紹介する。

※特に注記がない限り、文中データの出典は猫眼(中国)、Box Office Mojo(中国以外)

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