「発明はすべて苦し紛れの知恵。アイデアは苦しんでいる人のみに与えられる特典」

 10月30日の開業式典で、寄居町の花輪利一郎町長はホンダ創業者の本田宗一郎氏の言葉をあえて引き、「知恵と工夫で立派な駅が完成した」と謝意を述べた。もちろん、建設費用を出してくれたホンダに対してだ。今連載で何度も繰り返してきたが、時はコロナ禍であり、人口減・高齢化への有効策を打ち出しにくい状況は、人口3万3000人の寄居町も同じ。できるだけ出ていくお金は節約したい思いは当然、ある。

 ホンダにとって、今回の駅建設についてあまり多く語らないが、少なくとも「住民とホンダの従業員の利便性には寄与する」とみる。

「ホンダ自ら渋滞の引き金を引くのか」

ホンダの寄居工場。21年には狭山工場からの生産移管を予定する
ホンダの寄居工場。21年には狭山工場からの生産移管を予定する

 ホンダは四輪事業の利益率を高めるため、生産能力の削減計画を立てている。英国の工場閉鎖に加え、国内では埼玉県狭山市の工場での生産を2021年度をめどに移管し、寄居工場へ集約する方針だ。寄居工場は13年に設立した最新鋭の工場で、敷地面積は95万平方メートル、SUV(多目的スポーツ車)の「CR-V」や電気自動車(EV)の「ホンダe」など年間25万台を生産する。

 ただ、仮に何も対策を施さずに、狭山工場の約5000人の従業員の多くが大挙して寄居に移ってくることになれば、この寄居の街の幹線道路(国道254号線)が朝夕のマイカー通勤者でパンクしかねない。

 裏を返せば、たとえ自動車メーカーであっても、電車通勤者との「分散」に気を配らずに、地域の生活環境の悪化の引き金を引く。そんな事態は、ホンダにとっても本意ではなかったというわけだ。

 「小さな話」「大企業として当たり前」と、思う人もいるかもしれない。だが、今連載の取材を通じてヒト、ハコ、カネが我が街から流出し、嘆く人々に何度も出会った。コロナ禍で企業の人員削減を含めた合理化や進出地域の選別が強まっていく可能性も指摘してきた。だからこそこの方式での新駅建設は今のご時世、誰にでもできる話ではない。

 今回の駅建設がたとえホンダによる経営戦略上の選択であっても、結果として寄居町にとっては自分の懐を痛ませることなく駅ができた。恐らくしばらくはこの地にとどまってくれる安心材料にもなった。少なくともこれらの点は事実だ。町の担当者も「新駅ができたことで、地元とホンダの関係は今まで以上に密な関係になる」と話し、「ホンダで働く人が電車通勤になることで町内の飲食店に立ち寄ってもらえるなど、副次的な効果にも期待できる」と話す。

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