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 これまでの地方経済・地方行政の歴史の中で、各地方が街の活性化の起爆剤としてこぞって誘致合戦を繰り広げてきたのは、何も国内外の製造業だけではない。外から若い人が集まり、地元の商店街も不動産も潤う──。例えば日本の学び舎、大学の誘致は、地方にとって有力な選択肢となってきたが、今、どうやらもくろみ通りにはいかない事例が増えているようだ。

琵琶湖ほとりの草津市が今、大きく揺れている(写真:PIXTA)

 琵琶湖南側に位置する滋賀県草津市。この街は今、誘致した大学の行く末を巡って大きく揺れている。

 立命館大学はこの8月、キャンパスの再編を決めた。草津市の「びわこ・くさつキャンパス」に設けた情報理工学部を別のキャンパスに移すのが柱の1つだ。4年後の2024年、2000人以上の規模の学生が草津から大阪府茨木市へ動く計画になっている。

 突如、発表された移転計画に、草津市の橋川渉市長は「受け入れがたい」。そう語気を強めたが、一度決まった流れがどうやら止まる気配はない。

 もちろん、市側には相応の言い分がある。草津キャンパスの誘致が決まったのは1989年。当時の資料をひもとけば、滋賀県と草津市が土地造成のための費用として計135億円を拠出した。水道や道路の整備も支援した。

学生2000人流出、無傷でいられる保証はなし

 大学誘致は「必要な都市の機能」。草津市は70年代からの総合開発計画からこううたい、県立大学、私立大学の誘致・建設を進めた。関係者は皆、草津キャンパスを「BKC」と呼んでその成功を願った。

 草津市のざわつきの背景は、金銭面の支援などかつての「恩」から来るものだけではない。実は立命館の引っ越し計画はこれで2度目。2015年、草津キャンパスにあった経営学部が今回と同じ大阪・茨木へ移った。当時、同学部には3600人が所属。草津市内で、一人暮らし用のマンションの空室増加にもつながった記憶がよみがえる。

 4年後に迫る2度目の移転。4年をまだ時間があると捉えるか、もうすぐそこと捉えるか、反応は様々だが、「2000人の流出」で街が無傷でいられる保証はどこにもない。地元不動産事業者は空室率の再上昇、地元の飲食店関係者は将来顧客の消失へ危機感が先立つ。