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 大分県北東部に位置する杵築(きつき)市。空港までは車で20分ほどと、企業立地の条件としては決して悪くない。だがこの街の現状を見る限り、地方と地方経済に明るい未来は今後一層、描きにくい。そう思わざるを得ない光景を見た。

(写真:PIXTA)

 「他人事ながら、大家さんは相当困っているんじゃないかなあ……」。空港から向かう途中、タクシーの運転手はこう話した。杵築市内の“かつてにぎわった住宅地”。この場所に足を運んでみると、タクシー運転手の話に納得させられた。

月1万円以下、投げ売り物件続出のワケ

 アパート群の外観は、それほど古くはない。でも、各部屋にカーテンがない。入居者募集の看板は色あせたまま、郵便受けも閉じたまま。駐車場に車が止まっていた形跡が見当たらない。とにかく、時計の針が止まってしまったかのように、住民の姿と生活の匂いがほとんど感じられない。

 地元関係者は一様にこう嘆く。「月1万以下で賃料を設定しても、借り手がつかない」。杵築の街のアパート群ではそんな「投げ売り・投げ貸しの状況」が起きているのだという。

明らかに空室が目立つ杵築市内のアパート。月1万円以下で賃料を設定する投げ売り・投げ貸しも目立つ

 杵築市役所や近所の住民に話を聞くと、これまでの経緯が少しずつ見えてきた。皆、街の「異変」はすでにコロナ禍前から始まっていたと考えている。

 杵築が周辺自治体とともに、半導体をはじめ先端産業の誘致・集積を掲げたのは約40年前。税制優遇や低利融資などをふんだんに盛り込んだ、国の「テクノポリス構想」に指定され、東芝、ソニー、キヤノンなど日本を代表する企業の誘致にこぎつけた。「誰もが企業を誘致すれば雇用が生まれ、経済も成り立つと思っていた」。地元出身で、県庁の職員を経て杵築市長になった永松悟氏もこう振り返る。

 少なくとも当時の住民はバラ色の未来図を描いた。だが何度も危機に遭遇し、企業の戦略などにも大きく左右されながら、40年の月日を経て、その未来図が急激に色あせ始めたことは、「空き室だらけのアパート群」の存在が教えてくれる。

 杵築のアパート群の多くは2000年前後、キヤノンの工場進出(現・大分キヤノンマテリアル)を見込んで、周辺の農家らがどんどん建てた結果だという。当時は相応のにぎわいを見せたが、08年秋、日本列島をリーマン・ショックが襲う。