本連載の第1回「規制もどこ吹く風、コロナ禍で『焼け太り』のGAFA」、第2回「膨らむアマゾン経済圏、グーグルやフェイスブックも餌食に」では、コロナ禍によるニューノーマルによって、米国のテック大手、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)がさらに強大になっている様子を紹介した。では、GAFAを始めとする巨大IT企業の市場独占を阻止するためには、どのようなルールが必要なのか──。9月12日に公正取引委員会委員長を退任した杉本和行氏は、デジタル時代における競争政策の枠組み構築に注力した人物として知られている。杉本氏に新しい時代に即した公平な企業間競争のあり方について聞いた。

<span class="fontBold">杉本和行(すぎもと・かずゆき)氏</span><br>1950年生まれ。74年東京大学法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。森喜朗首相(当時)の首相秘書官、主計局長などを経て2008年財務事務次官就任。みずほ総合研究所理事長を経て、13年から20年9月まで公正取引委員会委員長を務めた。委員長2期目の途中、定年により退任した。(写真:竹井 俊晴、以下同)
杉本和行(すぎもと・かずゆき)氏
1950年生まれ。74年東京大学法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。森喜朗首相(当時)の首相秘書官、主計局長などを経て2008年財務事務次官就任。みずほ総合研究所理事長を経て、13年から20年9月まで公正取引委員会委員長を務めた。委員長2期目の途中、定年により退任した。(写真:竹井 俊晴、以下同)

今、なぜGAFAの存在がこれほど問題となっているのでしょうか。

杉本和行氏(以下、杉本氏):事業規模が大きくなりすぎて、他の企業の事業参入機会を奪う、競争意欲をそぐといった行為が増えてきているからです。公正取引委員会にいた頃は、こうした反競争的行為をどのように抑え、競争環境を整備していけばよいのか、知恵を絞りました。

 彼らの力がこれほどまでに大きくなったのには、経済のデジタル化が進展するのに伴い、イノベーションの中身が変化したという事情も関係しています。AI(人工知能)やIoT、ビッグデータと、情報やデータの利活用を伴う分野が今後のイノベーションの中心となる中で、より情報やデータを持つ企業がビジネスを有利に進められる状況になりました。

デジタル時代、大きな企業生まれやすい

 GAFAのビジネスモデルの核は、プラットフォーム上において異なる種類のプレーヤーのニーズをマッチングさせることで、新しい価値を生み出そうとするものです。従ってデータが集まりやすい構造になっていると言えましょう。また、デジタルの世界は利用者が増えれば増えるほどインフラとしての効用や価値が高まる「ネットワーク効果」が働きやすい。限界費用も低く抑えられます。そのためどんどん成長が加速し、大きなマーケットパワーを持つ企業が生まれる傾向にあります。

 こうした企業による市場の寡占や独占が進むと、消費者に選ばれる財やサービスを生み出そうとする競争原理が働かなくなり、供給サイドにおけるイノベーションが起こりにくくなります。消費者の選択肢が減少するのみならず、経済成長のスピードも鈍化してしまうでしょう。

競争政策上、どのような対処が必要となってくると思いますか。

杉本氏:これまでの独占禁止法などでは、価格が市場の寡占や独占を判断する上で重要な役割を果たしていました。談合やカルテルの結果はすべて価格に表れますし、優越的地位の乱用があったことを示す証拠として価格が取り上げられることも多かった。

 しかし、デジタルを前提とした経済では、こうした従来型の独禁法のスキームが通用しない問題が浮上しています。なぜならプラットフォーマーは基本的に無料でサービスを展開しているからです。となると、価格をもって競い合うのではなく、サービスの質が競争においてより重要になってくると言えます。競争政策においてもサービスの質を競い合う状況が阻害されているか否かを、独占や寡占を判断する重要な判断基準に据えるようになりました。

 ここでいうサービスの質には、個人からプラットフォームに提供された情報をどのように扱っているか、個人情報の保護に気を使っているか、といったことも含みます。信頼性を持った情報を提供しているか否か、といった点も重要になってくるでしょう。

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