まさにコロナ禍の直撃を受けた、2020年4月入社の新入社員に対する新人教育。研修からOJT、先輩との対話まで、ほぼ未経験のままここまで来た社員も少なくない。従来型の新人教育を受けない彼らはこの先、まともに育つことができるのか。
コロナ禍が続き「基本的には毎日が在宅作業」という新入社員が多い。あらゆる意味で従来とは社会への入り方がまったく違う(写真:PIXTA)
「コロナ関連の報道は既に始まっていましたが、年明けまでは至って普通で、海外4カ国を巡る卒業旅行にも行くつもりでした。それが2月に韓国での感染者急増のニュースを受けて、旅行は中止。大学の同級生の間で『4月に出社できない』との噂が広がりました」。外資系IT大手の新入社員Aさんはこう振り返る。
結局、Aさんには会社からPCとポケットWi-Fi、専用スマートフォンが家に送られてきて、4月1日の入社式はウェブで視聴。一方通行のテレビ番組を見ているかのようで、社会人になる実感はまるで湧かなかったという。
入社式の1週間前、会社から「当面はテレワーク」と指示を受けた。5月頃には通常に戻り、出社するのだろうと漠然と思っていたが、出社は「月に1回あるかないか」の状況となり、10月中旬時点で通算の通勤日数は4日にとどまるという。
前例のない「社会への入り方」
基本的には毎日が在宅作業。一人暮らしで部屋に机はなく、「どのみち自宅では集中できない」ため、カフェや起業した先輩のオフィスで仕事をすることが多いという。大学時代の友人の中には営業系企業に入社し普通に出社している者もいるが、自分と似たような1年目を送っている同期も同じくらいいるという。
「上の世代の方と比べ、あらゆる意味で前例のない社会への入り方をしていることは自覚している」。Aさんはこう話す。
同様の状況に陥った今年の新入社員は、Aさんのようなテレワーク導入企業の新人たちだけではない。
大手ホテルに入社したBさんは、入社1週間後、東京、神奈川など7都府県を対象に緊急事態宣言が発令されたのに伴い、会社から有給での自宅待機を命じられた。「テレワークでできる仕事ではないので出社はすると思っていた。まさかという思い」と話す。
1週間程度と思っていた自宅待機は6月末まで続き、7月からはようやく現場で働ける状況になったものの出社は週2回ペース。「会社からは『自宅にいる時間を無駄にした人とそうでない人とで大きな差が出る』と言われたが、最初の頃は、何をどう勉強すればホテルの仕事の役に立つのかすら分からなかった」と打ち明ける。
今年の新人が経験していないイベントは多い。例えば集合研修。オンライン研修などへ移行する企業が急増した(写真:アフロ)
20年、日本列島にまん延し、企業活動に様々な悪影響を与えたコロナ禍。中でも、経営トップや管理職が強く危惧していることの1つが、「新入社員への対応」に違いない。「接触8割減」が政府から推奨される中、今年の新人が経験していないイベントは教育関連を中心に多岐にわたるが、大別すると次の4つに整理できる。
「例年、当たり前のように新人が体験するのに、今年の新入社員が体験していないもの」の筆頭が集合型の研修だ。
HR総研が7月に公開した調査では「大企業(従業員1001人以上)の59%が、期間短縮や延期、中止など新入社員研修の予定を変更した」とみられるが、“6割程度にとどまる”のは調査期間が3月下旬のためだろう。
「確かに4月の緊急事態宣言前までは新人研修だけは対面で実施したいという企業が結構あった。だがその後は、集合研修を断念しオンライン研修などへ移行する企業が急増した」と人材育成支援を手掛けるリブリッジ(東京・千代田)の石松明彦社長は話す。
新生銀行もその1つだ。毎年、入社式の後にグループ4社が集まり新人の合同合宿をするのが慣例だったが今年は中止に。約3週間で予定していたビジネスマナーなどの対面研修も取りやめとなり、今年の新入社員124人への研修は入社式を含め一貫してオンラインで実施することとなった。
戸惑いの「オンライン名刺研修」
「果たしてオンラインで業務スキルが身に付くのか不安だった」と、現在は新生銀行営業第二部で働く新人、藪隆平さんは振り返る。
例えば自宅でのオンラインマナー研修で名刺交換を練習した際のこと。相手がその場にいると想定し名刺を差し出すが、「渡す位置が高い」との指摘を受けた。だが、そう見えるのはPCカメラの角度の問題のような気もしてしっくりいかない。「最初は手探りだらけ。細かい所作まで確認できる対面研修の重要性を痛感した」と話す。
サイボウズも、入社式の翌日から箱根で新人合宿研修を実施するのが通例だったが、今年は全面的にオンライン化した。恒例の3泊4日の合宿研修は、名刺交換や企業理念の共有といった定番的内容のみならず「同期の間の関係性を築くこと」を重要なテーマとしてきた。「入社後も仲間同士で相談し合える環境こそが新人の育成や定着率を左右する」(人事本部採用育成部の小野加寿也氏)と考えるからだ。
今年はそんな貴重な機会の見直しを余儀なくされたうえ、社内の9つの部署を3日間ずつ巡る「体験入部」研修も中止となった。同社はコロナ禍が深刻化する中で、2月には全社員を対象にリモートワークを導入。社員が会社にいない環境では出社体験させることも難しいというわけだ。
例年であれば、新入社員が先輩と一緒に営業に出て、商談後直ちに自分の営業の問題点を指摘してもらえた(写真:PIXTA)
「集合型研修を終えた新人は現場に配属され、教育係の先輩社員の下、より実践的な訓練を受ける」というのが、多くの会社が導入している新人育成プランだ。営業職であれば先輩と共に顧客を訪ね、実務を通じて仕事を覚えていく。だが、コロナ禍の今年は、ある意味で集合型研修以上に重要ともいえるこの「対面でのOJT(On-the-Job Training、オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」も例年通りのやり方では体験していない新人が少なくない。
LINEに入社した古川勲さんは4月から5月中旬までオンラインでの新人研修を受けた後、営業のOJTを9月まで経験した。「先輩の指導を受けながら、LINEに3カ月で100万円以上の広告を出してくれる顧客を1人8件獲得する」というプログラムだが、異例だったのは、商談から指導まで対面でなく完全オンラインで進めねばならなかったことだ。
行き帰りのアドバイスがない
例年であれば、先輩と顧客に出向き、商談後直ちに自分の営業の問題点を指摘してもらえた。が、オンラインとなると、商談後に改めてミーティングを設定する必要がある。営業の行き帰りに様々なアドバイスをもらうことも難しい。
前出のHR総研の調査によれば、いまや企業規模を問わず9割の企業が「全社的に/一部社員を対象に実施している」というテレワーク。古川さんと同じ状況にある新人は相当数に上るとみられる。
システム開発会社に新卒入社したCさんは、今夏以降に会社が対面営業を解禁し、顧客を実際に訪問する従来型のOJTが形の上ではスタートした。入社以来、数カ月に及ぶ在宅勤務を経て待ちに待った実践。だが、教育係であるトレーナーと営業プランを練り、いざ顧客を訪ねようとしても、実際にはなかなか訪問できない状況が続いている。「お客様のほうから『コロナ禍だから来ないで』と言われてしまう」からだ。
「営業職として多くの同期がいるが、OJTが順調な人は少ない。役所などが担当の同期は毎日訪問できているが、自分のように民間企業が担当だと週に1~2回アポが取れればいいほう」とCさんは話す。
コロナ禍の影響で新入社員を歓迎する飲み会などが大幅に減った(写真:PIXTA)
新人未体験イベント ③先輩との生のコミュニケーション
今年の新入社員がほとんど経験していない3つ目の項目は、先輩との生の対話だ。テレワークの普及やOJTのオンライン化に加え、各社が例年実施していた新人歓迎イベントもほとんどが中止に追い込まれた。
ウェブサービスを手掛けるランク王(東京・渋谷)が9月に実施した調査によれば、「緊急事態宣言解除後も外で行われる飲み会に参加したことはない」と回答した人は76.1%に上る。新人歓迎の飲み会なども8割がた消滅したと考えるのが妥当だ。
カラオケ部も釣り部も活動停止
RIZAPグループへ4月に入社した水野真由美さんは、オンライン研修などを経て8月から人事部に本配属された。eラーニングを主体としたオンライン研修は、人事部員との電話ミーティングなど個別フォローが充実していたこともあって、違和感なく受けられたという水野さん。不安だったのは、先輩と対面のコミュニケーションがなかなかできなかったことだ。
配属後、Zoomでウエルカムパーティーが開かれて以降は、対面での飲み会などもなく、時々出社しても上司が出社していないことも多かった。オンライン上では対話はあるし、業務に不都合は感じないが、最初はどことなく落ち着かなかったという。
「飲み会などを通じて交流を図る文化はあるほう」(人事部の丸山滋部長)という同社。部をまたいで交流する機会は多く、社内ではカラオケや釣り、フットサルなどの部活動も盛んだ。だが今はいずれも活動できない状態にある。
もともと社内交流が活発な会社でもそんな状況なのだから、普通の会社には“ほったらかし”にされている新人も多い。
「部署の人とかとのコミュニケーションが本当にない。仕事上の不満や悩みは話したほうがいいと言われるが相手がいない。出社してもマスク姿だから、街中で職場の先輩に会っても分からないと思う(笑) 」。こう話すのは某メガバンクの新入社員Dさんだ。
5月まではリモートで研修を受け、6月に入って週2回のペースで出社を始めた。だが職場へ行っても部署全体が交代勤務だったため忙しく、Dさんは端っこでずっとFP(ファイナンシャルプランナー)の勉強をしている状態。いまだ歓迎会は開かれていない。
さらに今年の新入社員が異例なのは、少なからぬ人が「日本社会の新人に対する洗礼」をほとんど受けていないことだ。
例えばテレワーク中心の企業の新人は当然のことながら、世界に悪名高い日本の「痛勤ラッシュ」を味わう機会が少ない。公的データによると東京都で暮らす人の通勤時間は往復で87.6分(13年)。これまでは東京に本社に置く企業に入社した新入社員の多くは、毎日1時間以上、路線によっては乗車率200%近い劣悪な環境に慣れることから社会人生活をスタートさせてきたことになる。だが、今年の新人の中には、毎日9時30分のオンライン朝礼までに自宅のPCの前に座ればよい生活を続ける人も多い。
たとえ厳しい儀式でも、受けない不安
このほか、「先輩への付き合い残業」や「半ば強要による上司の酒のお供」も、昭和の時代には“新人への歓迎儀式”として多くの会社で見受けられた。そうした悪しき習慣は平成の30年間で随分廃れたが、それでも企業によってはまだ残っている。だが今年の新人たちの多くは、そんな目に遭うことも少ない。
集合型研修、対面でのOJT、先輩との生の対話、その他各種“新人への洗礼”……。それまで新人が当たり前のように経験した多くのことを未体験であることに対し、今回取材した新入社員たちは口を揃えて「戸惑い、不安だった」と打ち明ける。
先輩社員の中には、4つ目の“新人への洗礼”などは味わわないでラッキーではと思う人もいるかもしれないが、「それは一通り経験したからこそ言える話」と信用金庫に4月入社したEさんは話す。
「通勤ラッシュやお酒の付き合いは辛いことかもしれないが、結果としてそれによって社会人になる切り替えができたという先輩の話はよく聞いた。在宅作業と言っても新人はまだ業務量も少なく、集中すれば4時間もあれば1日の仕事は終わる。人事から頻繁に連絡が入るから寝て過ごすわけにはいかないが、これでは学生時代と変わらない」
コロナ禍という異常な状況の中、従来型の新人教育もほとんど受けずここまで来た今年の新人たち。はたして彼らはこの先、まともに育つことができるのか?
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