上海国際自動車ショー(上海モーターショー)が開幕した4月19日、自動車メーカーではなく華為技術(ファーウェイ)のブースに黒山の人だかりができていた。

 ブースには「HI」のロゴが貼り付けられた1台のスポーティーなクルマが展示されている。中国自動車大手、北京汽車集団傘下の電気自動車(EV)事業会社が発売した「ARCFOX(極狐)αS」だ。「HI」は「ファーウェイ・インサイド(Huawei Inside)」の頭文字で、モーターやセンサー、各種部品の制御用半導体などで構成されるファーウェイの自動運転EVプラットフォームを全面採用していることを示す。価格は通常版が38万8900元(約650万円)、高級版が42万9900元(約720万円)だ。

 自動車メーカーが主導権を持って部品を調達し、完成車を開発・生産する仕組みが、これまでの自動車産業の常識だった。だが世界最大の自動車市場である中国で、ついにその構図が一変しようとしている。

ファーウェイの自動運転プラットフォームを搭載した「ARCFOX αS」
ファーウェイの自動運転プラットフォームを搭載した「ARCFOX αS」
「HI(ファーウェイ・インサイド)」のロゴ
「HI(ファーウェイ・インサイド)」のロゴ

「ファーウェイは自動車を造らない」

 上海モーターショー開幕の1週間前の4月12日、ファーウェイは本社がある広東省深圳市で年に一度の経営戦略説明会「グローバルアナリストサミット」を開催した。徐直軍(エリック・シュー)輪番会長は上海モーターショーで自動運転車を披露すると予告し、「目標である自動運転が実現すれば、関連するすべての業種でのディスラプション(破壊)が起こる。今後10年で世界が目にする最も破壊的な産業の変化だろう」と語った。

 徐輪番会長は「2012年以降、ドイツや日本の自動車メーカーの経営層、中国の全自動車メーカーのトップと個人的に交流してきた」と振り返る。だが、自動車事業への傾斜が一気に進んだのは、本業の通信機器事業に対する米国からの圧力が高まってきたことと無関係ではないだろう。18年、海南省三亜市で行われたファーウェイの経営会議で「ファーウェイは自動車を造らない。その代わりに自動車メーカーの優れたクルマ造りを支援する」(徐輪番会長)と決定し、自動車メーカーとの提携戦略を加速していった。

 ファーウェイは今回の上海モーターショーで、電気駆動モーターやバッテリー制御ユニット、ギアボックスなどを一体化した基幹部品「DriveONE」、高性能センサーのLiDAR(ライダー)や高性能バッテリー、同社製スマートフォンでも採用を予定する独自OS「鴻蒙(ハーモニー)」を搭載した車載デバイスなどを展示。自動運転を実現するために必要な各種技術がそろっていることをアピールした。

モーターや制御用半導体ユニットなどをそろえ自動運転EVを実現
モーターや制御用半導体ユニットなどをそろえ自動運転EVを実現

 重要なのはファーウェイがそれらの要素技術を、自動運転EVを開発するためのプラットフォームとして統合した形でメーカーに売り込んだ点にある。「パソコンやスマートフォンなどのIT機器と同様の思想だ。ファーウェイがプラットフォームの標準を決めて公開し、外部パートナーに参入してもらっている」と説明する。

 ファーウェイ・インサイドという名称が「インテル・インサイド」から着想を得ていることは明らかだろう。1990年代、米インテルはCPUのインターフェース部分を標準化して開示したことでパソコンメーカーや部品メーカーの支持を獲得し、パソコン向けCPU市場をほぼ独占した。パソコンに貼り付けられた「インテル・インサイド」のロゴは、その優れたビジネスモデルと品質の象徴でもあった。ファーウェイは自動車産業において、当時のインテルの立ち位置を再現しようとしている。

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