中国の南西部に位置する広西チワン族自治区柳州市。成長を謳歌してきた同国の中でも決して豊かとはいえないこの地方都市に拠点を置く自動車メーカー、上汽GM五菱汽車が「テスラ越え」を果たした。
2020年7月に発売した小型電気自動車(EV)「宏光MINI EV」の人気が止まらないのだ。同9月から12月まで4カ月連続で新エネルギー車の中で販売台数トップを維持し、20年末までに12万7651台を売り上げた。

「最高時速は100kmで、低速専用の車線を使えば高速道路も走れます。今の納期は1カ月半ほどですね」。販売店の従業員はこう言って宏光MINI EVの人気をアピールした。
見た目はかわいらしく、日本の女性向けの軽自動車のような印象だ。実際、車幅は1.49mと軽とほぼ同じサイズ。ただし、全長は2.91mと短くドアは2つしかない。折り畳むとフラットな荷物入れになる後部座席の工夫で、最大4人乗りを実現した。
用意されているモデルは3つ。エアコンや助手席の遮光板を削減した航続距離120kmの下位モデルは2万8800元(約46万円)と、EVベンチャーが群雄割拠する中国市場でも驚異的な安さだ。同120kmで中位モデルが3万2800元。搭載電池容量を増やし航続距離を170kmとした上位モデルが3万8800元だ。
記者は日本ではクルマを運転しているが、中国の運転免許の取得手続きはしていない。そのため中国人の友人に運転してもらうことにして助手席に座った。最初はEV特有の回生ブレーキの効き方に少し戸惑ったようだが、すぐに慣れて運転がスムーズになった。ドライバーが「おっ」と声を上げたのは暖房をつけたときのことだった。
どうしたのかと聞くと「少しパワーが出なくなった感じがした」とのこと。暖房に電力供給が割かれたのが原因だろうか。後部座席に座っていた店員に「寒くても充電は問題ない?」と聞くと「1時間程度は余分に見たほうがいいですね」との答えが返ってきた。
身長178cmの記者が後部座席に座ってみたが、少し狭いものの1時間弱なら我慢できそうだ。ある程度割り切って作っていると思われるところも散見されるが、コストパフォーマンスと短距離移動という用途を考えれば、実用性は十分でデザインも悪くない。売れるのは納得だ。
キャッチコピーは「人民的代歩車(人民のスクーター)」。中国では「電瓶車」と呼ばれる二輪電動スクーターが生活の足として広く普及している。ただ、どんな気候でも乗っていて快適なのはもちろん屋根も窓もある四輪車だ。時速70kmなどさらに低い速度しか出ない四輪EVを農村で走る姿を見かけるようにもなったが、いかにも中途半端だ。
宏光MINI EVなら、地方に住む庶民でも手が届く価格で「自動車」が手に入る。小型なので駐車スペースにも困らない。農村部や地方都市での電瓶車からのアップグレードと、自動車の普及が進んでいる都市部での2台目需要にピタリとはまった。
上汽GM五菱汽車ブランドマーケティング責任者の周鈃氏は「当社は14年から小型新エネ車に取り組んできた」と振り返る。柳州市政府の支援も受け、17年と18年には相次いで2製品を発売した。認知度の向上や充電インフラ、駐車スペースなどEV普及のための問題解決を図ってきた結果、今や柳州市で新規に発行されるナンバーの4分の1はEVになったという。
上汽GM五菱は地方都市を中心とした消費者の生活実態を、徹底的に研究してきた。普段使いなら30km以内の移動がほとんどであることや、省スペースでの駐車が重要視されていることなどを軸に仕様を詰めていった。マーケティング上のターゲットは「おしゃれな若者」とした。
上汽GM五菱の源流は1958年に設立された柳州動力機械廠。当初は農作業に使うトラクターなどを製造していた。日本との関わりは比較的深く、三菱自動車の軽トラック「ミニキャブ」をベースとした車を生産したり、ダイハツの技術供与を受けたりしながら小型の商用車や乗用車を手掛けて成長してきた。2000年代に中国自動車大手の上海汽車と米ゼネラル・モーターズ(GM)の出資を受け、今の経営形態に落ち着いた。
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