中国政府が昨年後半から盛んに使うようになった経済用語が「国内大循環」だ。コロナ禍で中国製品の国外での需要が細る中、14億人を擁する巨大なマーケットをさらに開拓して経済を活性化させる戦略だ。
当然のことながら、その基盤となるのは米国や日本に比べてGDP(国内総生産)に占める比率が低い個人消費をいかに伸ばすかだ。そのヒントを探るのにうってつけの都市がある。「我々は1の収入に対して2の支出」と地元の人が半ば冗談、半ば真顔で言うほど消費性向が高い土地柄で知られる、湖南省長沙市である。
黄興路歩行街の入り口には中国の革命家、黄興の巨大な立像がある
毛沢東の出身地である湖南省は、中国の建国において特別な意味を持つ場所だ。省都である長沙は清朝末期・中華民国初期の英雄的革命家である黄興の生地でもある。長沙で最大の繁華街は「黄興路歩行街」と名付けられており、繁華街の入り口には巨大な立像が設置されている。
1月上旬の黄興路歩行街は強烈な寒波が襲っていたにもかかわらず、夜遅くまで多くの若者でにぎわっていた。ストリートミュージシャンの周囲には人だかりができ、道の両側にある店舗からは呼び込みの声が盛んに響く。
一際、目を引くのはほぼ50mおきに店舗を構えている「茶顔悦色(英語名はセクシーティー)」というミルクティーの店だ。これだけ大量出店しているが、どの店舗も行列が途絶えることがない。基本的に湖南省以外には出店しないことをポリシーとしており、「この店を訪れるためにわざわざ別の省から旅行してくる人も多い」(長沙市の20代女性)という。SNSでの拡散を狙っているのか、写真映えする大盛りのクリームとチョコチップが目を引く。
長沙で大人気の茶顔悦色。ミルクティーには大盛りのクリームが乗っている
黄興路歩行街から徒歩5分ほどの場所には、日系百貨店の平和堂がある。前田明彦副董事長総経理は「年末は深夜0時半まで営業したが、店舗周辺は身動きできないほどの人出だった」と話す。年明け早々に新型コロナウイルスの感染が広がり、まず1都3県を対象に緊急事態宣言が再発令された日本とはまったく異なる光景だ。
同店におけるコロナ後の売れ筋商品の一つが、高級腕時計のロレックスだという。売り場の従業員は「新商品が人気だが店頭在庫はすべて売れてしまったので実物はお見せできない。顧客には事前予約してもらい、入荷したら連絡している」と説明してくれた。これまで時計のような高級外国製品は国外旅行時に購入するのが一般的だったが、コロナ禍によって不可能になってしまい国内市場の需要喚起につながっている面があるようだ。
長沙市では昨年、新たに地下鉄が1路線開通した。これで地下鉄は5路線、空港と市街地をつなぐリニアモーターカー1路線が運営されていることになる。さらに新路線や既存路線の延伸が予定されている。
メイソウ、一気に日本越え
昨年10月に米ニューヨーク証券取引所に上場した雑貨店大手「名創優品(メイソウ)」も出店していた。メイソウは中国と日本の関係性の変化を象徴する企業の一つといえる。
5年ほど前までは、ユニクロと無印良品、ダイソーを合わせたようなロゴや店構え、少しおかしな日本語で説明が書かれた商品など、「日本ブランド」をかたったかのような店舗として、日本のニュースで面白おかしく取り上げられた。いまだにそのイメージが残っている読者も多いだろう。だが今や世界80超の国・地域で4200店以上を展開し、時価総額で87億ドル(約9000億円)の大企業となった。あっという間に日本勢を抜き去ってしまった。
今では中国のどの地方都市のショッピングモールにもメイソウが入っている。店内にはミッキーマウスやポケモンとのコラボ製品なども置いてあり、すっかりおしゃれな雑貨店だ。店員は大量に並んでいた25元(約400円)のチークが「若い女性にすごく売れている」と教えてくれた。一方、上海市在住の30代女性は「安すぎて少し不安」と述べ、ヒットには地域性もあるようだ。経済発展が続く地方都市の成長を取り込むことが、中国におけるヒット商品の条件になりつつあることは間違いない。
中国ネットメディアの聚富財経によれば、創業者の葉国富氏は湖北省の貧しい家庭に生まれた。専門学校に通い金物店の販売員として働いた後、福建省で起業したが失敗し借金を抱える羽目になった。04年に女性向けアクセサリーなどを扱うショップを開店し、人気を得た。この中で日本人デザイナーの三宅順也氏と出会い、メイソウを立ち上げたという。
日本人が「世界の工場」「安かろう悪かろう」といった中国に対するイメージに今もとらわれている間に、中国は膨張する国内消費をテコに世界に通用するブランドを着々と育てている。
物流もいち早く新常態に
消費意欲旺盛な市民が多い長沙市に拠点を置く小売企業の中でも急成長しているのが、生鮮食品の通販を手掛ける興盛優選だ。現在、中国で注目を集める「社区団購」と呼ばれるビジネスモデルの代表的企業の一つである。中国の都市部では、社区と呼ばれる日本の団地のような集合住宅に住むのが一般的だ。社区団購の基本的な仕組みは、社区単位でまとめて商品を発注し、その商品を届けてもらうというものだ。アリババ集団も社区団購を手掛ける企業に投資し、食事宅配大手の美団点評は自ら参入を表明した。
興盛優選は社区に隣接した小規模店に生鮮食品を届ける
興盛優選は20年12月、中国EC(電子商取引)大手の京東集団から7億ドルの投資を受け入れた。その前にはIT大手の騰訊控股(テンセント)や米投資会社のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)、セコイア・キャピタルなどからも出資を受けており、評価額10億ドルを超える「ユニコーン」の1社だ。
「夜の11時までにアプリやミニプログラムで注文してもらえれば、翌朝11時までに新鮮な食材を届ける」。興盛優選の陳国良総裁助理は、自社の強みをこう説明する。同社の成長の秘訣は、どの社区の近隣にも必ず存在する小規模店舗を活用している点だ。中国のスタートアップが疲弊する大きな要因の一つとして、広大な地域に広告をばらまかなければならないことが挙げられる。
一方、社区密着の店舗は多くの住民が自然に利用する存在であるため、うまく使うことで認知度向上にかけるコストを浮かせることができる。さらに社区単位の集団購入でスケールメリットを出すのが基本戦略だ。
今やスマホで頼めば何でも家まで持ってきてもらえるようになった中国だが、戸別配送には人手と経費がかかるのが現実だ。毎日利用する生鮮食品の購入にそのコストが乗ってくれば消費者には受け入れられない。そこで興盛優選は商品を届けるのは社区の店舗までとした。生鮮食品を消費者が取りに来ればついで買いを誘発できるため、店舗側の協力も得やすくなる。
社区団購はコロナ禍によって中国社会における認知度が大きく高まった。新型コロナの感染拡大期、中国では住民が社区から出ることを制限された。そこで社区の入り口まで生鮮食品を届ける仕組みが、そのまま市民生活を支えるインフラとして機能したのだ。
こうした小売市場の変革は、中国の物流インフラがここ数年で一気に整備されてきたことも大きい。
昨年11月11日、中国最大のECセール。中国の物流網は11日間で23億2100万件(アリババ分のみ)もの注文を無事にさばききった。8年前の12年には、7200万個(同)の荷物のオーダーを処理しきれず、大混乱に陥っていたのに比べると格段の進化だ。
物流網を進化させた立役者の一社が京東だ。同社が湖北省武漢市に構える倉庫では、食品などを棚ごと載せたロボットが床に張られたQRコードを読み取りながら動き回っていた。担当者は「作業効率は人手に頼っていた頃の3倍になった」と胸を張る。コロナ禍による都市封鎖期間中は人手が大幅に減った。その際、こうした自動化の仕組みを整えていたことが貢献したという。
中国では、広い国土や遅れていた小売店の販売環境といった問題を解消するために、アリババや京東などが中心となってECを普及させた。スマホの普及とともにITの活用領域はさらに広がり、00年代以降、決済や物流など様々な領域でデジタルトランスフォーメーションが進んできた。コロナ禍はデジタル化などの時計の針を一気に進めたともいわれる。中国が新型コロナの到来を予見していたわけではないだろうが、自国の問題解決と欧米や日本に追いつくためにとってきた施策が、図らずもコロナ後の新常態(ニューノーマル)を先取りする形になっている。
その結果、様々な分野の技術や制度、ビジネスの仕組みなどで中国がリーダーシップを取り、世界のスタンダードを決めるケースが増える可能性は大いにある。中国が世界の経済の覇権を握る未来は、着実に近づいている。そのとき日本はどう生きていくのか。
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