日本にとって好ましいのは……
では中国が世界の覇権を握りますか。
渡部氏:いや、中国の影響力が及ぶ国や地域は増えるでしょうが、圧倒的な覇権を握るほどの力はない。本来であれば、米国の存在感が弱まればどこかが強まってもいいのですが、世界もそれぞれ分断を抱えています。欧州もEUからの英国離脱に加えて、東欧と西欧の経済格差問題も抱えている。ギリシャやイタリアなど南部は中東からの難民問題もあって、欧州が一枚岩にはなれません。ロシアも経済が弱い。
どこがリードを取るわけでもなく、その都度、国や地域同士で決める多極化が進むことになるでしょう。
中国やロシアにとっては、バイデン氏よりトランプ大統領の続投が好ましい。
渡部氏:そうですね。中国やロシアが望むような世界にますます近づいて、日本や欧州が期待するようなルールベースの世界にはなかなか戻れなくなる。既に影響は出ていますが、本格的な影響はこれから出てくると思います。この代償を世界が長い時間をかけて穴埋めしていくことになる。
日本は歴代最長政権だった安倍さんが退き、菅政権へと移行しました。
渡部氏:トランプ氏は個人的なつながりを重要視するタイプです。菅さんがすぐに安倍さんと同様の関係を築くのは不可能です。ただ良い点が1つあります。菅さんは安倍政権を長く支えた人だということ。安倍さんをうまく活用すればいい。
安倍さんはトランプ大統領とべったり追随していたように思う人も多いですが、独自の動きもしています。先に述べたTPP11や日欧EPAなどで、既存の自由貿易のルールや秩序を守る姿勢を見せて海外からの評価を高めた。日米同盟を基軸にしながらも、欧州や東南アジア、インド、アフリカなどともうまくマルチ外交してリスクをヘッジしてきた。こういうかじ取りを菅さんが理解し、実行できるかが課題です。
トランプ氏はビジネスマンの経験しかない。ジョン・ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)の回顧録で、中国が新疆ウイグル自治区で住民の強制収容所の設置を容認する発言をしたり、自分の再選のために米国の農産物を買ってくれと持ちかけたりしたことが暴露されました。強権的な「ストロングマン」が好きなトランプ氏と渡り合うためには、安倍さんのように中国やロシアとも話ができれば強みになるでしょう。
「もしトラ」ではありますが、バイデン氏が大統領になった場合も聞かせてください。
渡部氏:米国の国民感情からしても対中姿勢を軟化するわけにはいきません。圧倒的な軍事力で対抗するのではなく、知恵を使ってうまく中国を誘導しようとするでしょう。バイデン氏は環境問題を訴えていますが、温暖化ガスの排出量で米中は世界のトップ2ですから、中国の協力も必要と考えています。
ただ、バイデン氏が当選しても、トランプ政権時代の代償を簡単に穴埋めできるかと言えば、そうではないでしょう。トランプ氏は国防費を増やしましたが、バイデン氏はしないと思います。そうした中で世界の秩序を守るリーダーに返り咲きたくとも、低下した求心力を戻すには時間がかかる。米国内の半数を占めるトランプ派からの邪魔も入るでしょう。
米国は過去にも同様な経験をしています。ベトナム戦争の失敗で、経済だけでなく軍事への自信を失墜し、道徳的な指導力も失ってしまった。回復したのはレーガン政権のときでしょうか。かなり時間はかかりました。
トランプ氏と比較的うまく渡り合ってきた日本にとって、バイデン氏よりもトランプ氏再選の方がいいのでしょうか。
渡部氏:短期的に見ると、そう思う人もいるかもしれません。やり方を変えなくていい方が楽と考える官僚も少なくないでしょう。ただ、トランプ政権の長期化は、世界に与えるダメージの拡大につながります。民主主義のルールや秩序が崩壊していけば、それを修正するための時間はより長期化します。
バイデン氏が当選してもすぐには元の世界には戻らない。それでも、民主主義の維持や日本の今後を中長期的な視点で考えれば、バイデン氏が当選した方がいいと私は考えます。
Powered by リゾーム?