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(写真はイメージ、PIXTA)

 各地の高速道路で30~60kmの渋滞が発生するなど、多くの行楽地に人出が戻ってきた今年9月の4連休。だが人の移動距離は、コロナ禍以前の水準には戻っていない。

 「お出かけ移動量マップ」を公開するウェザーニュースによれば、首都圏に暮らす同社のアプリユーザーの平均的な「1日の移動距離」(最大値を抽出)は、今年1月時点では15km。9月でもまだ10km前後にとどまる。今連載「テレワークがくれた幸せ 『半径2㎞圏生活』を満喫する人々」で登場したD氏の場合、コロナ前までの平日の移動は40km以上だったが、大部分を占めた通勤がなくなったことで減少幅は9割を超える。

 歴史を大きく振り返れば、18世紀の産業革命以降、内燃機関の発明やグローバル化などによって世界的にも延長し続けてきた人の移動距離。それが、この日本の首都圏に関しては一転し、「コロナ禍」「国際化」「高齢化」という社会変化によって今後、短縮に向かう可能性をここまで見てきた。

 では本当にこのまま「人の移動」が停滞し、少なからぬ人が限られたエリアの中だけで暮らすようになった場合、一人ひとりの生活圏はどの程度の規模まで小さくなるのか。

案外きつい東京の起伏

 まず、多くの高齢者は最終的には「徒歩圏内」で暮らすことになる。今は公共交通機関を使ってあちこち出かけている人も、バスや電車の乗り降りや、停留所や駅までの移動がつらくなれば、いずれは歩いて行けるエリア内で生活が原則として待ち受ける。

 歩ける距離には個人差があるが、とりわけ東京の場合、健康状態などに並び移動を制限するのはむしろ地形だ。多摩ニュータウン愛宕地区の高齢者たちが最寄りの駅まで歩くことに消極的なのも、多摩地区特有の起伏があるから。23区内でも、武蔵野台地を神田川などの河川が浸食することでつくられた中心部は、思いのほか高低差がある。

 もちろん、車や自転車を使う現役世代なら行動範囲はもっと広いし、郊外へも出かける。それでもテレワークを続ける会社員に限ると、少なくとも平日は自宅を遠く離れてドライブやサイクリングをするはずもなく、高齢者と似た狭い生活圏になる可能性がある。近隣に買い物に行くとしても、あえて坂道を上ったり、迂回して川を越えたりして出かける人は少ないはずだ。