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 コロナ禍で起きた「人の移動の停滞」は、テレワークの常態化による通勤客の減少だけではない。4月の緊急事態宣言の発令以降、政府は国民に対し6月18日まで、都道府県境を越えた移動の自粛を要請。実際、多くの県境で人の往来が減った。

 その結果、たとえ拠点が新型コロナウイルスの感染者が少ない郊外にあっても、県境や市境をまたぐような「消費者の長距離移動」を前提にした商売は、大きな影響を受けたに違いない。

 まさにその県をまたぐ人に弁当を販売し、発展してきた企業がある。「峠の釜めし」で知られる群馬県安中市の荻野屋だ。JR高崎駅(群馬県高崎市)から信越線で約30分。群馬県と長野県をつなぐ群馬県安中市の横川駅で1885年(明治18年)の創業以来、営業を続けている。

群馬県安中市の荻野屋は明治18年創業の老舗だ。

群馬と長野の県境で長年商売

 横川駅は高崎駅―横川駅間の開通に伴い1885年に開業。1893年には横川駅―軽井沢駅間が開通した。 安中市と長野県軽井沢町の境にある碓氷峠は標高差が激しく、列車は補助機関車を連結・切り離しをする作業をしたため長時間停車する。その時間を利用して、乗客は荻野屋がつくる「駅弁」を購入していた。

 駅の構内で販売していた創業当初の弁当は、「おむすび2個とたくあん」を竹の皮に包んだもの。価格は5銭だった。ウナギ丼が10銭の時代、決して安いとは言えなかった。1947年には「さつま芋弁当」とコロッケ、49年には紅茶(入手できない砂糖に代わり、塩が入っていた)、50年に「幕の内弁当」と次々に新たな弁当を投入した。

 ただ、あまり売れ行きがよくない。当時、昭和30年代の神武景気の恩恵を受けて国鉄を利用する観光客が増加。高崎駅や軽井沢駅では「毎日、数百個から2000個ほどの弁当が売れる」とのニュースが流れていたにもかかわらず、だ。