コロナ禍に立ちすくむ景気を下支えするために財政支出が繰り返されている。目下の経済対策は必須だが、累積する債務は将来への不安を募らせる。米国では「財政赤字で国が破綻することはない」とする「現代貨幣理論(MMT)」が議論されている。「通貨発行権を持つ国は債務返済に充てる貨幣を際限なく発行できるため、物価の急上昇が起こらない限りデフォルトには陥らない」という理論がMMTの骨子だが、果たして日本の現状にも当てはめられるものなのか。日本銀行理事などを歴任した東京財団政策研究所の早川英男上席研究員に聞いた。

<span class="fontBold">早川英男(はやかわ・ひでお)氏</span><br> 東京財団政策研究所上席研究員。1977年、東京大学経済学部を卒業。同年、日本銀行に入行。83~85年、米プリンストン大学大学院に留学。日本銀行在職中は2001~07年に調査統計局長、09~13年に理事などを歴任。富士通総研経済研究所エグゼクティブフェローを経て現職(写真:都築 雅人)
早川英男(はやかわ・ひでお)氏
東京財団政策研究所上席研究員。1977年、東京大学経済学部を卒業。同年、日本銀行に入行。83~85年、米プリンストン大学大学院に留学。日本銀行在職中は2001~07年に調査統計局長、09~13年に理事などを歴任。富士通総研経済研究所エグゼクティブフェローを経て現職(写真:都築 雅人)

コロナ禍による財政支出で累積債務が懸念される中、MMTが再び注目されています。日本はMMTで論じられるように「財政赤字による破綻はない」と考えてよいのでしょうか。

早川英男氏(以下、早川氏):「インフレにならない限り、財政赤字には問題がない」「インフレになったら、税金を増やせばいい」――。私は、こうしたMMTの主張に安易に賛成することはできません。

 日本の債務残高はGDPの2倍を超えており、世界的に見ても相当高い水準にある。物価が上昇し始めたら金利を上げればいいという主張は、中央銀行からすれば一番恐ろしい考え方です。国債発行残高が積み上がっているため、利上げをすれば、途端に支払利子が大幅に増加するからです。ですから、財政をどれだけでも出動できるという考えは、マーケットを壊しかねません。

 米国でのMMTの広がりは、2018年に史上最年少(当時28歳)で米連邦下院議員となった民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(通称AOC)が、「財政赤字を心配する必要はない」と訴えたことで論争が巻き起こりました。グリーン・ニューディールや学生ローンを背負った若者の救済を訴える民主党左派に支持されたのです。

 しかし、米国で金融取引を手掛ける友人に聞いてみても、米国内でMMTについて詳しく知っている市場関係者は少数派のようです。

 MMTが日本でも話題になった背景には、同理論の主唱者の一人である米ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授が、「巨額の財政赤字を抱えても、インフレや金利上昇が起こっていない日本はMMTの成功例」と主張したという経緯があります。

 一方で、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏やローレンス・サマーズ氏など著名な経済学者がMMTに対する反論を展開したことも、日本人の注目を集めました。米国よりもむしろ、債務残高の多い日本でMMTが騒がれている印象を受けます。

過去の金融緩和は日銀の一人芝居

MMTはいわゆる「トンデモ理論」なのでしょうか。

早川氏:MMTにも納得のいくところがあります。それは「信用創造」に関する考え方です。MMTの解釈ならば、中央銀行がどれだけ量的緩和策を続けても市中にお金が出回らない理由が理解できます。

 経済学では一般的に、信用創造は「預金を元手に銀行が貸し出しを行うこと」でスタートします。しかし、MMTでは「銀行が貸し出しを実施すると、直ちに同額の預金が生まれる」と解釈します。つまり、貸し出しの原資としての預金は事前に必要ないのです。貸出先の企業が支出をした際に預金が自行から他行に流出しますが、その場合の不足資金は預金ではなく、日々の短期的な資金の過不足を調整するコール市場から調達してもよい。

 MMTでは貸し出しが出発点となるので、中央銀行がマネタリーベースをいくら増やしても、資金需要がなければ貸し出しも増えません。金融緩和によってひたすらマネタリーベースを増やす政策が、普通の家計や企業が銀行に預けるマネーである「マネーストック」の増加につながらない。

 実際、過去の日本銀行による量的緩和策では、金融界から「日銀当座預金を増やしても、資金需要がないのでブタ積みになるだけ」との声が聞かれました。そういう意味では過去の金融緩和は日銀の一人芝居でした。

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