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コロナ禍であらためて明らかになったことの1つが、日本の「デジタル後進国」ぶりだ。押印のための出勤など、デジタル化を真剣に進めていれば、容易に解決できた問題も多い。特に公的機関の後れが目立つ。政府はデジタル強国戦略に約20年前から取り組んできたが、思うように進んでいない。日本をデジタル後進国にした元凶は何だったのか。

【この連載のこれまでのラインアップ】
第1回 花王が挑む「FAX一掃作戦」、コロナ特需で電子化は逆行
第2回 加速する三井物産の印鑑レス、それでも残る「岩盤」
第3回 コロナで遅延危機、リモートで決算乗り切ったセゾン情報システムズ
第4回 メルカリ山田社長「社会全体にエンジニア的な視点が必要」
第5回 楠正憲氏「システムのオープン化とバブル崩壊の重複が日本の不幸」
第6回 コロナで業務集中の保健所、船橋市が乗り越えた行政の壁

(写真:PIXTA)

 「進んでいるようで進んでいなかった。これが日本のIT政策の実態だろう」。安倍内閣の内閣府副大臣としてデジタル行政を進める上での規制改革を担当してきた大塚拓氏は、新型コロナウイルスの感染拡大で起こった混乱の要因に、これまでのIT政策がきちんと目的を達成できていないことがあると見ている。

 目には見えないウイルスが人から人へと感染することを防ぐためには、接触の機会を可能な限り減らすことが有効だ。そのため、デジタルを用いた情報やサービスのやり取りの重要性が一段と高まった。しかし、とりわけ公的サービスにかかる部分でデジタル化が十分でない実態が明らかになった。

 行政サービスのデジタル化、いわゆるデジタル・ガバメント(電子政府)の構想が初めて登場したのは、2001年に森喜朗首相(当時)が提示した「e-Japan 戦略」だ。ここで「国が提供する実質的にすべての行政手続きをインターネット経由で可能とする」方針が示された。その後も同様の目標が「e-Japan戦略Ⅱ」「i-Japan戦略2015」などで、定期的に掲げられた。

 13年には、情報システムの管理や他の省庁との連携を担当する政府CIO(最高情報責任者)の設置を決めた。17年の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、各府省庁にCIOを置くなど、より府省庁の縦割りを打破した政策にも力を入れた。だが、こうした政府の努力もむなしく、オンライン行政サービスは、利用者が利便性を実感できるものにはなっていない。

省庁間のビデオ会議に参加できず