新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、大きく変貌している日本の働き方。連載「どうなる? 働き方ニューノーマル」の第7回では、幸せに働くための心構えを考えてみたい。話を聞いたのは、『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)や『ほめるのをやめよう ― リーダーシップの誤解』(日経BP)などの著書で知られる、哲学者でアドラー心理学(※アドラーはオーストリア出身の精神科医・心理学者)の研究をしている岸見一郎氏。働き方改革は幸福にどのような影響を与えているのか、また幸福に働くために大切にすべきことは何かを語ってもらった。

新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、在宅勤務やジョブ型雇用の導入など、新しい働き方が急速に広がっています。

岸見一郎氏(以下、岸見氏):新型コロナに関係なく、「働き方を見直すべきだ」ということはずっと言われてきましたよね。ただ、これまではあれこれ理由を付けて改革を棚上げにしたり、思考停止したりしていた人や組織が少なくありませんでした。しかし今回、リモートワークが広がるなど目に見える変化が表れている中で、のんきに構えることはできなくなりました。

 リモートワークでいえば、コロナが収束したとしても、元に戻る必要はないと考えています。ただ元に戻ろうとする力も強いですよね。何もしなければあっという間に元に戻ってしまいます。

 「無駄話をする中で新たな発想を得ながら、和気あいあいと仕事をする方がいい」という考え方をする人は、元の働き方に戻ります。在宅勤務には、「通勤時間がかからない」「家族と過ごす時間が長くなる」といったように、明らかなメリットも存在します。なぜ、元の働き方に戻ろうとする力が強くなるのか。哲学というのは、「本当にそうなのか」ということを考えることですので、この点について考えてみましょう。

1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『幸福の哲学』(講談社)、『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)、『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4296106988/" target="_blank" class="textColRed">ほめるのをやめよう ― リーダーシップの誤解</a>』(日経BP)など。
1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『幸福の哲学』(講談社)、『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)、『ほめるのをやめよう ― リーダーシップの誤解』(日経BP)など。

よろしくお願いします。岸見先生の専門、アドラー心理学では、「人間の悩みは全て対人関係である」とされています。上司や同僚に会う機会の減るリモートワークでは、悩みが減るのでしょうか。

岸見氏:そうです。人間の悩みは全て対人関係です。

 例えば、「能力がない上司が職場で威張っている」というのは、悩みをもたらす1つの状況だったと思います。仕事の能力に自信がない人が普通に振る舞っていたら若手から見透かされるから、そうならないように威張る、というのが実態だったのではないでしょうか。

 アドラーは、本来の仕事場を「第1の競技場」や「主戦場」と表現しています。一方で、これまでは上司が部下を「第2の戦場」や「支戦場」と呼ばれる場所に呼び出すケースがありました。仕事上の失敗や文書の提出期限を守らなかったことなどをとがめるために、個別に会議室に、まるでせっかん部屋に呼び出すようなシチュエーションは、その1つです。

 仕事の失敗を注意されることは仕方がないことですし、当然のことです。しかし、そうしたときに、「おまえは、何をやってもだめだ」などと、過去の失敗にまで遡って部下の存在価値をおとしめることは、本来の仕事の目的を達成することとは直接関係ありません。リモートワークでは、こうした「第2の戦場」がなくなりやすくなります。

 上司か部下か関係なく、Zoomなどを使ったオンライン会議では、「発言をしない人は存在しないのと同じ」と言われていますよね。Zoomなら、設定次第で、発言者が大きく表示されます。ろくに発言をしないけれども、威圧感だけを出している上司はもはや必要ありません。発言内容そのものが評価される時代がやってきました。

 仕事の面では本来、「仕事ができるか、できないか」しかありません。こうした仕事の在り方が実現されることは、会社にとって有用なことです。

一方で、リモートワークだけでは、深い人間関係を築けなくなってしまうのではないでしょうか。

岸見氏:直接会って話をしなければ連携できないと思うような人は、会っても連携できません。テレワークでは人間関係を構築できない、というのはウソだと思った方がいい。

 前提として、仕事上の人間関係と、プライベートでの人間関係は明確に分ける必要があります。

 仕事帰りの飲み会や土日のゴルフなどで「上司に付き合う」という行動をすることで、上司に取り入ろうとしてきた人はいるでしょう。ただ、そんな人よりも、そもそも仕事ができる人の方が上司にとっても会社にとっても重要なのは間違いありません。土日にゴルフで取り入ろうとしなければ築けないような人間関係は、いらないのです。

 先ほどのせっかん部屋のシチュエーションだけではなく、ゴルフや飲み会といった職場以外でのコミュニケーションを図る場も「第2の戦場」に当てはまります。こうした第2の戦場は、そこに参加している人とそうでない人の間に不公平が生まれるほか、そこでのコミュニケーションが仕事上、正式なものでないために、様々な誤解も生みやすい。「第2の戦場」をつくるような働き方は、デメリットの方が明らかに多いです。

次ページ 仕事をするために生きているのではない