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 インタビュー中、机の上に置かれた節太で肉厚の手が、職人としての自信を示しているようだった。

 「カンナがけを続ければ誰でもこんな手になる」と語る遠藤徳近さん(仮名)は大工歴50年超。1987年に独立して建設業における個人事業主、通称「一人親方」になり、何人もの若手も育成してきた。74歳になる遠藤さんは昨夏に大工を引退した。「若い頃にアスベスト被覆の建材を扱った影響かもしれない。息が苦しくて重いものを運べなくなってしまった」と少し寂しそうな顔で話してくれた。

建設業では一人親方の高齢化が問題になっている(写真はイメージ:PIXTA)

 建設現場で働く職人(技能労働者)には遠藤さんのような高齢の一人親方が多い。「80代で屋根に登る大工もざらにいる。私も体が動くなら仕事を続けたかった」(遠藤さん)

 全国建設労働組合総連合(全建総連)によると、今の建設現場は彼ら高齢者の存在なくして成り立たないという。高齢化する職人の問題は、コロナ禍によって深刻度を増している。建設需要が急減したことで「現役引退」を考える高齢の一人親方が増える可能性がある。

2年間で20万戸の需要が失われる

 新設住宅着工戸数への影響を分析した野村総合研究所の榊原渉上席コンサルタントは、「2020、21年度の2年間で20万戸の新設戸建て住宅の需要が失われる」と警鐘を鳴らす。「町場(まちば)」と呼ばれる戸建て住宅を施工する組織は、主に一人親方の大工が現場を支えている。一人親方は個人事業主のため、仕事がなくなっても失業保険が適用されない。住宅需要の急減はベテランの一人親方が現役続行を諦めるきっかけになり得るのだ。

野村総合研究所による新設住宅着工戸数の短期的予想。コロナ禍の影響を受けて2020年度、21年度の2年間で20万戸の需要が失われると分析した(提供:野村総合研究所)

 実際、コロナ禍を受けて全建総連の首都圏建設産業ユニオンにも、高齢の一人親方からの相談が相次いでいる。毎月10日間ほど現場で働いていた80代の一人親方は、春ごろから仕事が一気になくなった。大工仕事が楽しく、できれば継続したいと考えていたが、家族から「外出されると怖い」「車の運転をやめてほしい」と言われた。今はコロナ禍の収束を待たず、廃業することを考えているという。

 22年からは団塊世代の一人親方が後期高齢者(75歳以上)となる。新設住宅の需要の落ち込みよりも、職人数の減少スピードが速いことが、住宅業界の課題だ。

 榊原上席コンサルタントは「30年ごろまでに職人の生産性を1.5~2.0倍に改善しなければ、需要はあっても住宅を建てることが難しくなるといわれている。急激に供給力が減少する“崖”が近づくスピードは、コロナ禍で早まった」と分析する。人手不足で現場が壊れてしまえば、需要が回復しても対応できないかもしれない。

大工の高齢化率は2040年に約45%

 「職人の中でも特に一人親方の『大工』は、その数が大幅に減少している」――。

 そう説明するのは建築生産に詳しい芝浦工業大学建築学部の蟹澤宏剛教授だ。蟹澤教授の分析によると、大工の減少幅は底が抜けているようだという。