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 新型コロナウイルスの猛威は、日本が抱える様々な課題や欠陥を明らかにしました。世界の秩序が変わろうとする中、どうすれば日本を再興の道へと導けるのか。シリーズ「再興ニッポン」では、企業トップや識者による意見・提言を発信しています。

 今回、話を聞いたのは、伊藤忠商事の鈴木善久社長COO(最高執行責任者)。緊急事態宣言が解除された直後に、出社体制を通常に戻しました。リモートワークを継続する会社が多かった中、伊藤忠の判断は注目を集めました。その後、感染の再拡大を受け、出社体制は柔軟に変更していますが、そもそも伊藤忠はなぜ、出社が必要だと考えたのでしょうか。背景には、伊藤忠が重視する「商人」としての心構えがありました。

鈴木善久(すずき・よしひさ)氏
伊藤忠商事社長COO(最高執行責任者)。 1979年伊藤忠商事入社。2003年航空宇宙・電子部門長、執行役員。2012年ジャムコ社長、16年伊藤忠取締役専務執行役員、18年社長COO、20年からCDO、CIOを兼ねる。65歳(写真:的野 弘路)

「自分はできるから」という理由で在宅勤務をしていいのか

コロナ禍において、伊藤忠商事はどのような出社体制をとってきたのでしょうか。

鈴木善久伊藤忠商事社長COO(以下、鈴木氏):2月、3月くらいから感染がかなり広がって、伊藤忠としてどうするか、だいぶ悩みました。早い時期から、IT業界を中心に在宅勤務を導入する会社がある中で、伊藤忠には国内勤務者が3300人ちょっといて、そのうち生活消費に関連する分野に45~50%近くが携わっています。そして、生活消費の分野は、在宅勤務がままならない方たちがすごく多い。そこに、たくさんのお客様や事業会社があり、社員もたくさん出向している。

 つまり、伊藤忠のビジネスの多くの部分を、コロナ禍においても在宅勤務がままならない生活消費の分野が支えているんです。そう考えたときに、伊藤忠にはテレワークをするための体制や機器が整っているからといって、自分たちだけ在宅勤務をしていいのだろうかと。

 伊藤忠は、社員一人ひとりが「商人」であることを非常に大事にしています。だから、このコロナ禍においても、商人としての姿勢というのはどうあるべきかを考えました。流通や物流などの分野に深く関与しているという意味で、伊藤忠の社員も店頭に立って商品を売ったり、荷物を届けたりする“エッセンシャルワーカー”だというくらいの自覚を持って仕事をすべきだという考えが、まず基本にあるわけです。

 それから、伊藤忠が目指すこれからの商社像も関係します。商社は元来、川上から川下にバリューチェーンをつなぐビジネスをしてきました。しかしこれからの時代は、消費者目線に立ち、川下から川上へとバリューチェーンをつくり直す必要があると考えています。そういう新たな商社像を目指しているのに、リテール(小売り)や流通の皆さんが現場に出て仕事をしているときに、伊藤忠だけ在宅勤務でテレワークをします、というわけにもいかないだろうと考えました。それで感染拡大が深刻になる3月初旬までは、在宅勤務を一切導入せず、通常勤務を継続していたのです。

 ただ、感染が徐々に広がってきて、社員が通勤途中に感染するリスクも出てきました。やはり、社員の安全が第一なので、まず3月6日から、組織長の下の社員は基本は1日おきくらいで交代で出社する「輪番制」を始め、3月26日から「原則在宅」としました。その結果、出社率はどんどん下がっていきました。

 そうこうしているうちに、緊急事態宣言が出されました。その前の4月2日からは「全員在宅」として、出社率は本当にごく少数、15%ぐらいまで抑えました。

そして緊急事態宣言が5月25日に全面解除され、26日から「通常出社」に戻したというわけですね。

鈴木氏:政府が緊急事態宣言を解除したということは、ある程度、感染拡大が収束する見通しが立ってきたということです。そして、経済を再生しなければいけない。しかも伊藤忠は、最初に動き出す生活消費分野に深く関わっている民間企業ですから、やはり我々も通常出社に戻そう、という流れになったんです。

出社しなければいけない仕事の人のために飾った社員用入り口の花

在宅勤務比率を何パーセントにしろとは絶対に言わない

鈴木氏:その後、第2波のような事態になってきて、安全を重視するために7月20日に「輪番制」に戻し、7月31日に「原則在宅」にして在宅勤務率を高めました。仕事の流れがあるので、僕ら(経営層)から在宅勤務比率を何パーセントにしなさいとは絶対に言いません。原則在宅にしようとか、輪番制でやったらどうかとか、そういう大まかな指示を与えるだけです。あとは8つのカンパニーそれぞれが判断する。

 第2波の状況もほぼわかってきたので、それで今日(取材は8月31日)、通達を出して、9月からまた「輪番制」に戻します。とはいえ60歳以上の人や基礎疾患がある人たち、子供や介護が必要な家族がいる人たちは、引き続き在宅勤務を基本にしてもらっています。

かなり頻繁に体制を変えてきたのですね。

鈴木氏:頑固に「絶対に通常出社でいくぞ」ということではなくて、基本の姿勢があって、その時々の状況において柔軟に対応していく。これが、伊藤忠の強みなんだと思います。いったん8割にする、2割にするとか言ってしまうと、おそらく、数字を達成することが目的となり、状況が変化してもなかなか方針を変えにくくなると思いますが、うちは柔軟に対応します。