ミサイル防衛システム「イージス・アショア」の配備計画停止を機に、敵基地攻撃能力の必要性を訴える声が高まっている。中国をはじめとする周辺国が極超音速兵器の開発を進めていることもこの動きに勢いを与えている。しかし、安全保障をめぐる技術に詳しい小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター特任助教は「敵基地攻撃能力さえ持てば抑止力が高まるわけではない」という。それはなぜか。抑止力を高めるのに何が必要なのか。

(聞き手:森 永輔)

中国が配備する極超音速滑空弾「DF-17(DF-ZF)」(写真:新華社/アフロ)
中国が配備する極超音速滑空弾「DF-17(DF-ZF)」(写真:新華社/アフロ)

極超音速兵器が注目を集めています。(1)マッハ5以上の高速で低高度を飛翔(ひしょう)し、(2)着弾する前のターミナル段階の軌道は不規則。現行のミサイル防衛システムでは迎撃が難しいとされています。(1)はレーダーによる探知を難しくするし、(2)は着弾点の計算を困難にするからです。

 このため、敵基地攻撃能力に関する議論が再び盛り上がりました。2022年中の改定が予定される国家安全保障戦略も敵基地攻撃能力に言及する見通しです。

小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター特任助教(以下、小泉):極超音速兵器の脅威に私も注目しています。しかし、それと敵基地攻撃能力の議論を直接結びつけることには違和感を覚えます。極超音速兵器を撃ち落とすことができるかできないかの問題と、敵基地攻撃能力を持つことの是非の問題はイコールではないからです。

<span class="fontBold">小泉悠(こいずみ・ゆう)</span><br> 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。<br>専門はロシアの軍事・安全保障政策。1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科を修了。外務省国際情報統括官組織の専門分析員などを経て現職。近著に『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』『現代ロシアの軍事戦略』など。(写真:加藤康、以下同)
小泉悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター特任助教。
専門はロシアの軍事・安全保障政策。1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科を修了。外務省国際情報統括官組織の専門分析員などを経て現職。近著に『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』『現代ロシアの軍事戦略』など。(写真:加藤康、以下同)

 北朝鮮についてはイコールに近いと言えるでしょう。しかし、中国やロシアについてはイコールとは言えません。

それは、どういうことですか。

小泉:北朝鮮の脅威は少数の弾道ミサイルです。日本の現行の政策は「北朝鮮が弾道ミサイルを日本に向けて撃ってもミサイル防衛システムによってすべて撃ち落とす」意志と能力を示すことをもって抑止力としています。北朝鮮に「打っても無駄」と思わせる。

 その北朝鮮がいま、(1)低空を飛行するとともに、(2)ターミナル段階で不規則な軌道を描く短距離弾道ミサイル「KN23」などの実験を進めています。なので、ミサイルの発射基地もしくは発射装置を攻撃する能力を持ち、飛んでくる数自体を減らす。これは「すべて撃ち落とす」従来の政策を補強する取り組みなので、抑止力を高める手段として意味があると考えます。

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