バイデン政権は台湾とどう向き合うのか

宮家氏:米国は伝統的に、戦略的曖昧政策を取ってきました。中国には「介入するぞ」と思わせることで、台湾侵攻を抑止する。台湾には「介入しない」と思わせることで、独立を抑止する。これがうまく機能してきたのです。

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 ところが、ナンシー・ペロシ米下院議長の訪台で、72年に出来上がった台湾海峡現状維持のメカニズムは風化し始めました。

 もう少し詳しく説明します。72年の米中共同声明で、中国は「中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府」だと主張しました。問題はその次の主張です。「台湾は中国の一省である」と言いました。「台湾は中国の一部だから、台湾をどうするかは中国の国内問題だ。米国は台湾から出て行け」と言ったのです。

 これに対して米国は、次のように主張しました。「米国は、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ1つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している」。ここで「acknowledge」という言葉を使っています。「acknowledge」は「recognize(承認する)」ではなく、「そう、分かった」というだけの話。米国政府は「中国の主張に異論は唱えないけど、承認はしない」という立場を取ったわけです。そして「台湾問題を平和的に解決してほしい」と暗示した。

 今の米国の台湾政策、対中政策は、次の3つの要素から成り立っています。

 1つ目は「3つの共同コミュニケ」です。72年2月の上海コミュニケ(第1コミュニケ)。79年1月の外交関係の樹立(第2コミュニケ)。82年8月の第2次上海コミュニケ(第3コミュニケ)です。

 このとき、米国は第3コミュニケにおいて「台湾への武器売却を段階的に減少する意向を表明した」と取られるような言い方をしてしまいました。それはまずいということで、米国は「6つの保証」を中国に伝えました。これが、2つ目の要素です。

 6つの保証とは、(1)台湾への武器売却に終わりはない、(2)台湾と中国の間を仲介する役割ではない、(3)台湾に圧力をかけて中国と交渉させようとはしない、(4)台湾の主権問題に関する米国の長年の立場に変化はない、(5)台湾関係法の改正を求める予定はない、(6)台湾への武器売却について中国と事前協議することに合意していない。これらは、第3コミュニケを薄める内容だと考えていいでしょう。

 3つ目の要素は「台湾関係法」です。米国は「台湾の人々の安全、社会や経済の制度を脅かすいかなる武力行使、または他の強制的な方式にも対抗し得る防衛力を維持し、適切な行動を取らなければならない」と定めています。

 米国は台湾関係法において、台湾を守ると言い切ってはいません。ですが、防衛力を維持するために適切な措置を取ると言っている。具体的に何をするのか、よく分かりません。これが曖昧政策だったわけです。

戦略的曖昧政策に代わる抑止メカニズムを

 ただ、戦略的曖昧政策は中国の軍事力が強くない時代だったから、抑止策として機能していたのです。米国は台湾の独立を認めない。他方、中国による台湾への侵攻も認めない。あくまでも平和的解決を求める。そして、台湾関係法は制定したものの、何をやるかは明言しないというわけです。

 ところが中国は今、米国が介入しなければ単独で台湾を解放できる軍事力を身に付けました。となれば、「もし米国が介入しないならば、台湾に侵攻してしまえばいい」と考える可能性があります。米国の論客たちがこうした懸念を口にするようになった。それを受けて、現行の曖昧政策よりもう少し明確に「台湾を守る」と言わなければいけないのではないか、という見直し論が広がり始めているのです。

 実際、その方向に少しずつ動き始めていると思います。米国は、曖昧戦略そのものは変えないけれども、もし中国が台湾を武力攻撃した場合には何らかの軍事的な関与をする、というところまで明確にしつつあるように見えます。

 それが良いことなのか、悪いことなのか、まだ判断するのは難しい。けれど、私は少し心配しています。中国の軍事力が高まったので、ある程度の見直しはしなければいけない。けれども、中国に対する新たな抑止のメカニズムを確立しなければ、中国が誤算をする可能性が高まります。ここが、一番危惧しているところです。

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 次に「中国漢族の膨張と縮小」のスライドを見てください。赤い部分は共産中国ではなく、漢族の中国です。漢族の中国は大きくなったり小さくなったりしている様子が分かります。そして最近の中国には、もはや陸上の脅威がなくなっています。では、今の中国にとっての脅威はどこから来るか。それは海からです。

 それはなぜか。今の中国で最も豊かであり、かつ最も脆弱な地域は、天津から香港までの太平洋岸です。一昔前の中国は、この地域を低賃金の「世界の工場」にしてもうけていました。この経済構造に必要なシーレーン(海上交通路)が今、安全保障上の最大の問題になっている。このシーレーンに立ちはだかるのは日米安保条約だと、中国は考えているのです。この状況を打破すべく中国は、第1列島線へ、第2列島線へと海洋進出を進めてきました。

台湾をめぐる日本の立場はどう変わるか

宮家氏:テーマ3の「台湾をめぐる日本の立場はどうなるか」に進みます。72年の日中共同声明は、先に触れた米中の上海コミュニケよりも7カ月ほど遅れました。この声明の第2項で、日本政府は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であること」を承認しました。これは上海コミュニケと同じです。

 第3項において、中国は「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」、つまり中国は1つであることを重ねて表明しました。

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 これに対して日本国政府は、中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重すると表明しています。これはどういう意味かというと、「recognize」ではなく、「acknowledge」と同じニュアンスです。

 ただ、第3項の最後に「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」とあります。72年に日中が国交正常化の交渉をしていた際、日本側の案は最初、「中華人民共和国政府の立場を十分理解して尊重する」という部分で止めていました。ところが、中国の周恩来首相(当時)は賢いですから、「それだけでは不十分だ」と難色を示した。最終的に、日本政府が「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」という文言を入れることで、中国は妥協したのです。

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