国家統治と企業経営の違いを表す3つの格言
宮家氏:視聴者の中にはビジネスパーソンが多くいらっしゃるでしょうから、初めに国家統治と企業経営の違いについて話したいと思います。
皆さんに知っておいていただきたい格言が3つあります。1つ目は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」。これは19世紀のドイツ宰相ビスマルクが言った言葉です。
2つ目は「歴史は繰り返さないが、時に韻を踏む」。完全に同じことは起きないけれど、似たような経緯をたどるという意味です。
3つ目は「有事には、経済合理性でなく歴史の大局観で判断」。有事とまではいかなくとも、今のように不確実性が高まってくると、経済合理性では全てのことが説明できなくなるのです。
例えば、プーチン氏がウクライナ侵攻を決めた判断は経済合理性では説明できないでしょう。経済制裁を受けたりするわけですから。つまり、戦略的な合理性を重んじるようになるのです。そして多くの場合、指導者は間違えます。今はそのような時代に入ったのではないかと思います。
1930年代と2020年代の東アジアには共通点が多くある
宮家氏:これら3つの格言を念頭に置いて、1930年代と2020年代の東アジアを比較してみると、似たようなことが起きていることが分かります。
まずは、東アジアに強力な新興国家が生まれたこと。その新興国は「現状は不正義だから、力を使ってでも変えるべきだ」と考える。さらに、「米国なんて大したことない。自分たちが国際秩序をつくるのだ」と考えを進める。そして、西太平洋における米国の海洋覇権に軍事的に挑戦しました。
これは日本がやったことです。1941年に真珠湾に行ったでしょう。これと同じ間違いを、我が国の近くにある大国がやる可能性は否定できない、というのが私の問題意識です。
では1930年代と2020年代はどこが似ていてどこが違うのか。ノーベル平和賞を受賞した英国の作家ノーマン・エンジェル氏は1910年、「Economic interdependence between the countries had rendered war between them impossible」と言いました。「国家間の経済的な相互依存が続くと、戦争は無意味になる」ということです。しかしその後、第1次世界大戦が起きてしまった。経済的な相互依存が深まっても、戦争は起きてしまうのです。
第1次世界大戦の後、日本はどうなったか。経済が繁栄して大金持ちになりました。そして、非常に傲慢になった。一等国にはなったものの、長くは続かずに株価の暴落があり、世界恐慌が起きて、満州事変につながっていく。
その翌年(1932年)、国際連盟の調査団がまとめた「リットン報告書」は、「満州事変は日本の侵略行為である」と記載しました。日本はそれに怒ってしまい、国際連盟から脱退します。これと似たようなことを、日本の近くにある巨大国家はやっていませんか。
9.11の米同時多発テロは象徴的な出来事でした。米国の真の敵が顕在化するとともに、仮想敵であった中国への圧力を弱めざるを得なくなったのです。その結果、中国は高度経済成長を経て一等国になった。傲慢になった。都市と農村の格差が広がった。そして、南シナ海に人工島を造った。これは中国にとっての満州事変です。
その結果、何が起きたか。フィリピンが国際仲裁裁判所に提訴したのです。すると同裁判所は、(中国が「南シナ海における境界線」と一方的に主張する)「九段線」は国際法上何の根拠もないと判断した。これはリットン報告書と共通しています。
中国は孤立を深めるのだけど、賢い国ですから、安全保障理事会において拒否権を持つ国連から脱退するわけがない。その点は、日本よりもずっと賢い。
さて、日本はその後どうなったか。33年にドイツにヒトラーが首相に就任して、37年に日中戦争が始まって、40年に日独伊三国同盟を結ぶ。そして独ソ戦が始まり、欧州は混乱します。日本軍は仏領インドシナに進駐。41年にハル・ノート、つまり米国からの(事実上の)最後通牒(つうちょう)が出てきて、日本軍は真珠湾に突っ込んでいった。
これと似たことがどのような形で起きているのか。私の推測はこうです。まず、日独伊三国同盟に相当するのは、中国・ロシアとイランの連携です。これは三国同盟とまでは言えません。しかし、ロシア軍がイラン製のドローンをウクライナで使用していることを考えると、中ロとイランが協力する構図は決して絵空事ではありません。
41年に独ソ戦が欧州で始まり、日本はより大胆になります。中国にとって、この独ソ戦に相当するのがウクライナ戦争です。そして、“第4次台湾海峡危機”が起こり、中国は台湾を包囲するような大規模の軍事演習をやった。
要するに、政治指導者が勢いと偶然による判断ミスを繰り返し、どんどん間違った方向に歴史が動いていく。この30年代と似たようなことが、今、起きているのではないかというのが、私の仮説です。
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