「新経済5カ年計画」の策定において“バイデン大統領”は計算に入っていたのだろうか(写真:ロイター/アフロ)
中国共産党が「新経済5カ年計画」の草案を明らかにした。中国経済に詳しい、柯隆・東京財団政策研究所主席研究員は「30%に及ぶ貯蓄率と富裕層をてこに内需を拡大させる」計画と読み解く。その実現は容易ではない。「消費刺激のため利下げすれば金融危機につながりかねない」。「真の失業率は50%に及ぶ」中国経済は危機的状況にあるという。
(聞き手:森 永輔)
「台湾統一に代わる夢を語る必要があった習近平国家主席」も併せてお読みください
新経済5カ年計画についてはどこに注目しますか。
柯隆:2035年までの長期目標が「夢」を語るものであるのに対して、新経済5カ年計画は「実行」を伴い、習近平国家主席の政治基盤を現実に固めるものでなければなりません。そこで、新経済5カ年計画において示したのが「新経済モデル」への転換です。
柯隆(か・りゅう)氏
東京財団政策研究所主席研究員。1963年、中国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所研究員、富士通総研経済研究所主席研究員を経て2018年から現職。
内需と外需を好循環させる「双循環(2つの循環)」を実現しようというもので、「非常にあいまいで、バランスの取れた」政策です。習近平国家主席の経済政策における懐刀と呼ばれる劉鶴(リュウ・ハァ)副総理が立案したといわれています。
双循環とはいうものの、ウエイトは内需拡大にあります。米国が科す制裁の影響で、輸出や対外直接投資はうまくいかない公算が大きくなりました。あえて「双」といっているのは、「外需」もあきらめるわけではないことを示すためです。
30%に及ぶ貯蓄率と富裕層をてこに内需を拡大させる
内需拡大を後押しするものとして、中国は次に挙げる2つに期待しています。1つは貯蓄。中国経済は大きな貯蓄を保持しています。家計の貯蓄率は30%に及ぶ。これを消費に回すよう促し、それをてこに経済成長を進める。
家計が抱える貯蓄を投資と消費に誘導して経済成長のてこにしようというのは日本と同じですね。
柯隆:中国の場合、重点は投資よりも消費にあります。新型コロナ危機が収束せず輸出が難しい今、投資の拡大は過剰な生産力につながります。それは自滅行為です。
中国の貯蓄が中国経済を救うとすれば、これは初めてのことでありません。1990年代に起きたアジア通貨危機のときにも、貯蓄がV字回復を可能にしました。
当時の動きを売り返ってみましょう。まず1997年7月1日に香港が中国に返還されました。その翌日2日に起こったのがタイの通貨バーツの暴落です。これがマレーシア、フィリピン、韓国へと飛び火していった。
ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏はアジア経済の展望を悲観していましたが、98年には底入れし、99年にはV字回復を果たしました。これをけん引したのが貯蓄でした。アジア諸国の貯蓄率は総じて高かった。中でも日中韓の3国では貯蓄の力が顕著に表れました。今回のコロナ渦がもたらした経済の停滞も、この3国は比較的早く回復させると思います。
もう1つのけん引役は富裕層です。中国では年間1億2000万人が海外旅行に出かけます。彼らが中国の富裕層ですね。彼らが外国で費やしていたお金を内需に回るようにする。
その兆しは既に表れています。今年10月の国慶節において、中国政府は8日間の大型連休を設定しました。中国ではこのための法律を制定する必要はなく、政府の裁量で決めることができるので、臨機応変に対応が取れます。この結果、6億人に及ぶ人が国内旅行に出かけ、各地の産品やホテルなどのレジャー施設にお金を落としました。
地下銀行の金利50%近い高利融資に頼る中小企業
このように“カンフル剤”を打つことは可能です。しかし、内需を刺激し続けることができるでしょうか。私は難しいと考えます。理由は、中国の雇用を支える中核である中小企業が厳しい環境にあるからです。
新型コロナ危機の影響で多くの中業企業が倒産しました。日本でも多くの中小企業が苦境に陥っていますが、他の国に比べれば、その影響は軽微にとどまります。中小企業を対象とする信用保証協会が大きな役割を果たしているからです。中小企業自身に信用がなくても、同協会の保証を取り付けることでつなぎ資金の融資を受けることが可能になります。中小企業にセーフティーネットを提供しているわけですね。
中国にこのような制度はありません。中国の中小企業が代わりに頼るのは地下銀行です。地下銀行は中国経済において必要悪になっています。違法ではあるけれど、これを全て潰せば中小企業の6割が倒産するといわれています。
新型コロナ危機の影響で、地下銀行が提示する金利が上昇しています。ある地下銀行関係者に聞いたところ、現在は平均で年率49%に達するそうです。もちろん、こんな高金利の資金を1年借りられる中小企業はありません。翌週の入金を当てにした1週間とか10日とかのつなぎ資金として借りるものです。
真の失業率は20%に及ぶ
ただし、当てにしていた入金が滞ったらどうなるでしょう。中小企業は倒産するしかありません。現実に多くの中小企業が倒産しており、それが大量の失業を招いています。
5月に開かれた全人代(全国人民代表大会の略。日本の国会に相当)で李克強(リー・クォーチャン)首相が失業率を5.7%と報告しました。直近の9月の値は5.4%です。ですが、この統計はうのみにはできません。地方から都市に出稼ぎに来ている農民工が対象になっていないからです。農民工の数は3億人といわれます。ある大学の調査によると、この農民工を含めた実質失業率は9月の時点で20%に達しました。5人に1人が失業しているわけです。
これには傍証もあります。全人代で李克強首相が行った政府活動報告です。過去3年の演説をAIを使って分析したところ、最も多く登場するキーワードは「発展」でした。次が「改革」。今年はこれらに代わって「就業(雇用)」と「疫病(新型コロナウイルスの感染拡大)」が上位を占めたのです。同首相の口から合わせて39回も発せられました。
そして、今回の5中全会。習近平国家主席が行った「2025年までの五カ年計画と2035年までの長期計画報告」を同様に分析したところ、明らかになったキーワードは「安全」でした。これは中国の現状が「安全でない」ことの裏返しと評価できます。
いまお話ししたように経済は厳しい。内政では、香港で依然としてデモが起きている。新疆ウイグル地区やチベットも安定しません。国の外に目を転じれば米国をはじめとするオオカミがおり、中国は孤立している(関連記事「台湾統一に代わる夢を語る必要があった習近平国家主席」)。習近平政権は危機的状況に陥っているといって差し支えないと考えます。そして習近平国家主席はこの5中全会で初めて、危機であることを認めたのです。
驚きました。中国は新型コロナ危機をいち早く収束させ、経済を回復させ、7~9月期の実質GDPで4.9%成長を達成したと理解していましたから。
柯隆:中国経済の実態はそうではありません。
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